美しい死に顔だったにちがいない。
まっさきに思ったのはそれだった。
兄の硝子の目は、生きている頃から時おり別の場所を見ているみたいに虚ろな色を映した。父も、母も、おれも、この世には誰も存在していないみたいな、夢見るような目つきを。その目を見るたび、おれは彼を殴りつけたいような、泣き出したいような衝動に駆られてはそっぽを向いた。唇を噛んで、喉奥から迫り上がる感情に耐えた。
「エリオットを殺す」
スマートフォンのマイクに向けて、おれの口は勝手に動いた。動いていた。もつれる舌と掠れた声がそう言うのを、おれは他人事みたいに聞いていた。
「見つけ出せ。生かしたままで。必ず」
おれの手で終わらせる。そう続けたつもりだった。
だが、言葉はそこで途切れた。
電話の向こうで、指示の続きを待つような沈黙が流れる。急に恐ろしくなったおれは、怯えたように通話を切った。身体中に違和感があった。吐き気がこみ上げ、場違いな欲望が臍下あたりに渦巻いていた。全身が痙攣するのを感じた。周囲から音が消滅している。おれは昏倒した。遙かに高い空港の天井。その規則的に並んだ白と灰色のストライプが妙に近い。
意識が消える直前、恐怖に引き攣った姉の顔がカットインしてきたのは覚えている。スローモーションで口が縦に大きく開かれ、聞こえない悲鳴が迸る様を、おれはただ呆然と眺めていた。
空港の床は汚れていた。冷たかった。
死んだ兄の肌に触れたいと、その時、強く願った。