自分に酔っていやがる──。
見境もなく進軍していく男たちの背中を見送りながら、尾形はそう思った。
これが謀反であるという認識さえしないまま鶴見に付き従う者は、屹度多い。
尾形とて、これが中央に対する謀反かどうかなど、本音の所ではどうでもいい。けれど己の行いが、周囲にどう見做されるのかさえ自覚せぬまま、盲目的に他人の尻に付いていくという行為自体が耐え難い。屈辱的に思える。
そんなのは、仲間だのなんだのと美辞麗句に酔い痴れて、己の頭で考えることを放棄しているだけだ。要するに、誰かに救って欲しいだけの甘ったれた愚者の行列だ──尾形はそう思う。
だが、アンタは違う。
違うのに、何故。
月島がふらりと尾形の病室を訪ねてきたのは数日前のことだ。陰で鶴見への謀反を煽っている尾形の動向を探るためだろう。最早浅いとは言えぬ付き合いだ。互いの真意など言わずとも知れていた。そのせいか、月島の表情も口調も、妙に気安かった。
「具合はどうだ」
「お陰様で」
寝台の横に立つ月島に答えながら、何がどうお陰様なのかと尾形は自分でも可笑しく思う。
「頑丈なお前にしちゃあ、豪く長く掛かるじゃねぇか」
「川に落ちたんです。熊じゃあねぇんですよ。いくら俺が凄腕の狙撃手だっても、死ぬほど寒けりゃ死にます」
軽口を叩くと、月島はへっと笑った。実際のところは大分回復していたので、こりゃバレてるなと尾形は観念する。もう少し様子を見てから脱走する腹積もりだったが、予定を早めた方がいいのかもしれない。否、寧ろそれを狙っての来訪か──。
横目に月島を盗み見ると、彼はめずらしくポケットから紙巻き煙草を取り出していた。
「あ、ちょっと」
怪我人の横で、と尾形が抗議する間もなく、月島は燐寸を擦って火を付けた。ぷんと燐の匂いが鼻をつく。
「ああ、うめぇ」
「珍しいですな、軍曹殿が規則を無視するとは」
月島はそれには答えず、吸うか? と己の吸っている吸い止しを差し出してきた。尾形が頷くと、そのまま尾形の口に突っ込む。尾形は一口だけ吸った。久しぶりの贅沢は肺の隅々にまで染みた。
「矢っ張りヤニですねえ」
煙を吐き出し乍らしみじみそう言うと、月島は苦笑した。
月島の滞在は時間にして五分程度だった筈だ。その後は特に会話らしい会話もなく、彼は去って行った。
只、去り際に一言だけこうつぶやいた。
「ここは地獄の一丁目で、二丁目のねえとこだ──ってな」
「芝居、ですか」
答えはなかった。
月島なりの、別れの挨拶だったのかもしれない。
尾形は唇を噛みしめる。
「何が」
何が地獄だ。そんなもの──
「俺は御免だ」
吐き捨てるように言い、尾形は長年暮らした兵舎の方角を一瞥する。
「行きたい奴ァ、勝手に逝け」
そして身を翻し──闇に消えた。
(了)