gkm ムーンライト・ドライヴ Posted on 2021年7月4日 by 紙丑ルイ 形の良い唇からつぶやくような歌声がこぼれる。聞き慣れぬ異国の言葉に、俺はしばし耳を傾ける── などと言えば、少しは恰好もつくのだろうか。 愚にもつかない考えごとを、俺は頭をふって追い払う。 高速を走るワンボックスカーは...
gkm 神 Posted on 2021年6月18日 by 紙丑ルイ 人は罪深く、けれど神はすべてを赦したもう。と、目の前に転がる男は言った。清廉な瞳をした、ハキハキと歯切れよく喋る、気持ちの良い青年だった。 裏表なく人に優しい。義に篤い。教養も深い。それでいて、文化的知識人(インテリゲ...
gkm まなざし Posted on 2021年6月13日 by 紙丑ルイ 母はだらしない女だった。 そう聞かされて育った。 実際、記憶のなかでも「だらしない」に相当するエピソードには事欠かない。 たとえば小学校の頃、授業中に高熱を出したことがあった。たしかあれは、三年生の初夏だったとおもう。...
gkm 僕の昼 Posted on 2021年6月8日 by 紙丑ルイ 昼は── お日さまが、空の高いところにあるじかんだ。 ばあちゃんは、畑にいる。 じいちゃんは、山にいる。 おれはときどき、こっそり雉を撃ちにいく。 じいちゃんの銃だから、見つかったらしかられる。 家にいるより、生き...
gkm 餞 Posted on 2021年6月7日 by 紙丑ルイ 自分(テメエ)に酔っていやがる──。 見境もなく進軍していく男たちの背中を見送りながら、尾形はそう思った。 これが謀反であるという認識さえしないまま鶴見に付き従う者は、屹度(きっと)多い。 尾形とて、これが中央に対する...
gkm 仏ヶ浜 Posted on 2021年5月19日 by 紙丑ルイ 俺はこっちのほうが好きですがねと言うなり、尾形は俺の手を取った。 熱くも冷たくもない、かさついた指先が手の甲をまさぐる。 困惑して顔を上げる。 奴は無表情のまま、無心に撫でているように見えた。 ──常陸国じゃ、巨人の...
gkm 春霞 Posted on 2021年5月1日 by 紙丑ルイ 北海道の春は遅い。 奉天戦で負傷した月島基の復員は、他の兵士たちより一足遅れた。 ひさしぶりに踏んだ内地の土は、四月でも霜の気配を残していた。吹きつける寒風に、砲弾を受けて裂けた下腹の傷が疼く。それでも、斬るような冷気...
gkm 震え Posted on 2021年4月12日 by 紙丑ルイ 誰だってそうだ。 脳に染みついた言葉が揺れた。 芯から体が冷えるのは雪のせいではない。いつからか呪(しゅ)と成り果てた、この妄念のせいだ。 寒いのか、怖いのか。瘧のようにふるえる体は止めようもなく、やがて心の洞(うろ)...
gkm 堆く Posted on 2021年4月5日 by 紙丑ルイ 明治初頭、死罪人の処遇は斬首から絞首に変わった。らしい。 ほんとうのところは知らない。 食堂の片隅で、古参兵が声高にそんな話をしていて、飯を食い終わった俺は、ぼんやりと横から聞いていた。 だが、と話はつづく。 それは一...
gkm 悪夢 Posted on 2021年3月26日 by 紙丑ルイ 凪いだ湖の上空を、白いカモメが一羽、飛んでいく。 まっすぐな軌跡をひたと見据え、尾形はしずかに呼吸を止める。 耳の痛くなるような静寂。 ──まだだ。 まだ遠い。 もう少し。 もう、すこし。 ──今だ。 確信の念よりはや...