震え



 誰だってそうだ。
 脳に染みついた言葉が揺れた。
 芯から体が冷えるのは雪のせいではない。いつからか呪(しゅ)と成り果てた、この妄念のせいだ。
 寒いのか、怖いのか。瘧のようにふるえる体は止めようもなく、やがて心の洞(うろ)まで共鳴し出す。ここに 在る ぞと 無い が鳴る。
 無い は人のかたちと成り果てる。浮遊する。
 みずからの手で亡くした人の。
 ひゅうひゅうと鳴る、これは己(おれ)の喉の音。
 いいや、吹雪に揺れる枯れ枝だ。 
 揺れる馴鹿(となかい)の背に視界が揺れた。
 ──あにさま、ねこが。
 過去が耳に滲む。飛ぶように消える。 
 ──見てください、こんなに懐こい。
 氷の礫が頬を切る。
 鋭い痛みは熱となり、身を蝕(は)む灼熱に溶ける。消える。
 彼我の境も、融けて失せた。
 ──人恋しいのでしょうか。
 ──餌目当てでしょう。
 吹き荒れるいちめんの白。兵舎の夕刻。が、まじりあう。歪む。
 吐く息は火のように熱く、
「お止しなさい」
 いのちのかけらが白くにごって立ちのぼる。 
「撫でれば情が移りましょう」 
 透明な汗が額を伝い、落ちて白に溶けた。 
 屍の黒い山。
 弟の顔は赤かった。

 おれは、からっぽだから、
 いのちのいろまでしろいのだろうか。
 
 あの日の猫は撫でられるまま、まるい頭を彼のひとの手に埋ずめていた。
 弟の軍帽にあかい夕陽が差していた。 
 人恋しいのでしょうか。
 餌目当てでしょう。
 ──同じ事だろう。
 空に笑いかける。
   
「誰だって、そうだ」

(了)


ワードパレット2より
2.クルラーナ[குளிர்]coldness, chilliness, shivering 猫/息/埋もれる

尾形のキャラクター把握するために書いてるのですが、ものすごく共感して、もはや共感しすぎて苦しい部分と、ぜんぜんわからん部分が斑になっていて、本当に良いなと思います。


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