明治初頭、死罪人の処遇は斬首から絞首に変わった。らしい。
ほんとうのところは知らない。
食堂の片隅で、古参兵が声高にそんな話をしていて、飯を食い終わった俺は、ぼんやりと横から聞いていた。
だが、と話はつづく。
それは一般市民の話、軍人は違う。陸海軍に属する我々が処されるは銃殺刑である。なにがうれしいのか、古参兵は目をぎらぎらと光らせ、唾を飛ばしまくる。いいか、これは寧ろ名誉なのである。いうなれば現代の腹切りぞ。誉れ高き武士の本懐と西洋の合理、まさに和魂洋才の、云々、云々。
うるせえ野郎だ。
銃殺なんぞ、俺は御免だ。刑吏がどんな手練れか知らんが、俺の腕にはおよぶまい。己より下手な者に撃たれて死ぬのだけは嫌だ。業腹だ。そんならいっそ、みっともなく大小便を垂れ流してぶらさがったほうがなんぼかマシだ。後の始末で臭ぇの重いのと愚痴をこぼす役人ども、そのみじめったらしい顔を想像しながら逝けば、少しは胸もすくってもんだ。絞首台の階段は、踏みしめるとぎいぎい軋む。荒縄の感触は思うほど悪かないかもしれん。落下までの間が保たねえから、足踏みして待つ。刑吏が舌打ちして止めにかかるが、俺の知ったことじゃない。死の際まで猫だぜアイツ、とあざわらう観客どもには、笑顔のひとつも返してやろう。ああ、ずた袋を被せられたら顔は見えんか。もったいねえな。目隠しだけにしてくれんものかね。口元だけでも笑ってやりてえ。なあに、視界が奪われていたって関係ない。俺は暗闇でも、すべてが判然(はっきり)と視える。
耳を澄ませ。ほら、聞こえるぞ。
もうじきだ。
俺のための祝砲が鳴る。
『ガコン。』
足元にぱっかりひらいた空隙に、俺の体はスウと呑み込まれる。
奈落の底でうれしそうに両の腕をひろげている、あれは俺の弟だ。執念(しうね)な奴で、俺に頭を撃たれて以来、ああしてずっと待っていやがる。俺が殺した屍が積み上がるほど、俺との距離が近くなると悦ぶ可愛い奴だ。ははっ、身内びいきが過ぎるかね。
「で」
不意に男が視線をあげた。
俺の真向かいに座り、独りブツブツとつぶやきつづけていたそいつは、俺と目が合うと、ニヤリと猫の目で笑った。
「あんたはどうだ」
下で待っている奴はいるかい。
俺は黙って首を振る。男はふたたび、ははっと笑った。その顔がなんだか迚(とて)も幸福そうで、俺は男を少しだけ、羨ましい、とおもった。
(了)
ワードパレットより
1.イズディヤード[ازدياد]increase, grow, rise 足踏み/階段/祝う
作中の古参兵さんがおっしゃってることは無茶苦茶です。うだつのあがらない人の謎理論です。