明けない夜

 ストロベリーに降る雨は、体の芯を目掛けて刺すように冷たい。
 それは夜気と共に浸透し、着古してよれよれのダスターコートに染み通り、気休めで着込んだ革のベストまで湿らせる。濡れたなめし革の酸い匂いと、自分のヤニ臭い呼吸が肌の熱の上で交じり、獣じみた匂いを漂わせた。
 俺は馬上でひとり、寒さに身震いする。
 山あいに忽然と現れるこの集落は、丸太づくりの陰気な宿屋や酒場が、山の斜面にへばりつくようにして建っているだけの、林業の町だ。アメリカ西部の開拓が行き詰まり、人々は徐々に北へと拠点を移しつつある。ここ、ウェスト・エリザベスのストロベリーも、そうした流れの中で出来た町のひとつだ。
 すべての道は頻繁な雨で常にぬかるんでいて、馬が歩を進めるたび泥が跳ねた。蹄に泥が詰まることを嫌ってか、彼女は盛んにブフルブフルと鼻を鳴らしている。
 深夜、人影は皆無に等しかった。酒場ですら営業を終え、聞こえるのは虫の声と、町の中央を勢いよく流れる川の音だけ。
 町の外れ、簡素な丸太小屋の前で、俺は馬を止めた。
「どうどう」と声をかけると、馬はひときわ高く嘶(いなな)いて止まった。
 どこかで犬が吠える。

 いっけん、ただの伐採事務所に見えるこの丸太小屋は、ある情報屋の根城になっているのだと、ローズの「意気消沈した」駅員が教えてくれた。ローズの彼もまた、同じ──駅馬車強盗の情報を横流しする──穴の貉である。
 だが当然のことながら、こんな時間では誰もいない。窓に額を張り付けて内部を覗き込んでみるも、真っ暗で、人の気配はない。  
 かたく閉ざされたパイン材のドアを未練がましくしばらくガチャガチャやったあと、俺はようやく諦めた。
 身を翻して集落のいちばん高い場所をふり仰ぐ。真っ暗な表通りで、そこだけが明るい。宿屋の電灯の明かりだ。
 こんな深夜に宿に入れば、それだけで目立ってしまう。微罪とは言え懸賞金の掛かった身だ。人目は避けたい。
 気がつけば、雨は止んでいた。
「……ま、慣れてるから、いいさ」
 小屋の壁に凭れかかり、背を丸めて煙草に火をつける。白い煙が立ち上ぼり、やがて闇に消える。
 空には、無数の星がかがやいていた。
 ふと唇から歌がこぼれた。

    鉄の血を流して街角に出れば
   一万か、それ以上か 心臓が脈打つ
   あいつらは言う
   俺に神はいないと 魂などないと

  静まりかえった辺りに、歌声は思いのほか響いた。繋がれた馬が一瞬耳をそばだてる気配がする。やがて呼ばれたわけではないと心得た彼女は、草を食み始めた。

    俺は闘いを見た 俺は戦争を見た
   この人生は
   この手で捌いたものでできている

 単調な低いメロディが、夜の闇に溶けていく。
 そびえる山の向こう、コヨーテの遠吠えが聞こえる。

    俺たちには俺たちの神が待ち受けている
   悪魔が キリストみたいな息子を従えて
   ただそれだけのことさ

  夜明けは、はるかに遠い。


※歌詞はBlack Rebel Motorcycle Club「Devil’s Waitin ‘ 」より。翻訳は作者の手によります。