[寺AU][phelmitage]苺日和

!注意! 特殊設定の現代AUです。ご了承のうえお読みください。

苺日和

「アーミテイジと付き合うまで、僕、ああいうお店入ったことないですよ」
 そう言ったとたん、目の前で“すとろべりーべりーまっちほわいと”を嬉々として突っついていたアーミテイジが、盛大に噎(む)せた。
「だ、大丈夫ですか?!」
 慌てふためく僕に、彼は目を白黒させてゴホゴホと咳き込みながら答える。
「平気、平気だ」
 背中をさすろうにも、対面で座っているせいで手が届かず、ただあわあわと腕を伸ばしたり引っ込めたりしているだけの僕を制するように、彼は手のひらをこちらに向けた。
「ちょっと、フラペチーノが、気管に、入った、だけだ」
「冷たいですからね、ゆっくり飲んでくださいね」
「ああ、すまん。気を付ける」
 彼の顔は、何故か真っ赤になっていた。
 そんなにいっぱい飲んでしまったんだろうか。僕の目には、こんもりした山盛りのホイップを「食べて」いるようにしか見えなかったんだけど、やっぱりこれって飲み物なんだな……ストローも使わずに、一体いつ、どうやって液体を摂取していたんだろう、などとどうでもいいことを考えてしまう。
 そういえばさっき注文するとき、限定フレーバーが大好きな彼に「僕、レッド頼みましょうか?」と尋ねたら、涼しい顔して「そっちはもう飲んだ」と答えていた。やっぱりあれって「飲む」ものなのか……と妙な部分に感心したけど、本当に飲むんだなあ。
「ああいう店って、ロン・ハーマンの方か」
 ようやく落ち着いたアーミテイジが、はー、と大きく息を吐きながら尋ねる。
「ええ、それ。その店です。あんなに高価なものばかりなんて、びっくりです……」
 何の変哲もない綿のハーフパンツに三万円以上の値札がついていたことを思いだし、僕は思わずため息をつく。
「バーニーズじゃあるまいし、三万って」
 あまりにも深刻な調子になってしまい、アーミテイジが吹き出した。
「お前が落ち込むことないだろう。欲しかったわけでもないのに」
「ショックですよ……。しかも綿100って書いてあるのに、なんでドライクリーニングする必要が……」
「あんなもん、無視して洗濯機でガラガラ洗えばいいんだよ。テニスボールとか入れて」
「いや、それにしても。アーミテイジは、いつもあんなお洒落な所で買ってるんですか?」
「まさか。冷やかしだ」
「冷やかしだとしても、雰囲気が高級というか、気後れしてしまって」
 空間をあまりにも贅沢に使いすぎて、どこに何があるかサッパリわからないリゾートマンションみたいな店内を思い、僕はつい笑ってしまう。
「僕は、やっぱり無印あたりが落ち着きます」
 つられてアーミテイジも笑った。
「フェルは、無印、似合うもんな」
「どうせその程度の男ですよ。おねだんどおりです」
「そういう意味で言ったんじゃない!」
「わかってますよ、冗談です」
 泡を食うアーミテイジの表情がおかしくて、ケタケタ笑い声をあげる。となりの席に座っていた男児が、不思議そうに僕たちを見上げた。ちいさく手を振ってみせると、彼は戸惑ったように友人と談笑する母親の陰に隠れ、やがてちらりと顔だけ覗かせてフヒヒ、と笑った。
穏やかな表情でそれを見ていたアーミテイジが、思い出したように言う。
「映画、何時からだっけ」
「五時からです。──まだぜんぜん時間あるなあ」
「じゃあ無印行くか」
「え、いいんですか」
「私、パジャマほしいんだよな」
「また? あんなに持ってるのに?」
 呆れると、アーミテイジはむすっと頬を膨らませて、ぼそぼそとなにかを口のなかでつぶやいた。
「……そろい……」
「? なんですって?」
「……お前と、お揃いのやつがほしいの!」
 叫ぶようにそう言って、彼はイーッと歯を剥き出し、おもむろにカップの中の白っぽいピンクの液体を啜った。ストローがずぞぞ、と盛大な音を立てる。
 隣の男児がくすくす笑った。
「……え、あ、そ、そう……ですか……」
 なんだか急に気恥ずかしくなって、僕は頭を掻く。アーミテイジはむすっとしたまま、またズッとストローを吸って返事の代わりにした。
「じゃ、じゃああの、それ飲んだら……行きましょうか……あ、僕、ちょっとお手洗いに」
 どうして、たかがこれだけのことに照れてるんだ僕は、と自分でも可笑しく思いながら、そそくさと立ち上がる。
 店の奥に向かいかけたとき、アーミテイジがぼそりと何かつぶやくのが聞こえた。
「お前が、私のこと……って認めてくれた記念だ」
「え?」
 聞き返そうと振り向くと、
「な、なんでもない! さっさと行ってこい!」
「あ、は、はい!」
 やっぱり何故か真っ赤になっているアーミテイジに叱られ、僕は慌てて踵を返す。
 休日でごった返すスターバックスの人ごみを掻き分けながら、ああ、僕らは今、デートしてるんだな、となんとなく実感した。
 日曜日の新宿が、少しだけ好きになれた気がした。

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