[寺AU][phelmitage] 有害指定上司

!注意! 特殊設定の現代AUです。ご了承のうえお読みください。



「ミタカくん、ちょっと」
 土曜の授業を終えて帰宅しようとしていた僕を塾長室に呼びつけた上司は、僕の顔を見るなり真面目な顔で「お願いがあるんだが」と切り出した。
「明日、日曜の夜中、日付が変わって月曜になる瞬間に私のことを思ってくれないか」
「は……?」
 シリアスな雰囲気に、一体なにごとかと身構えていた僕は、そのあまりに唐突さに面食らう。そして面食らうあまり体裁を取り繕うことも忘れて、素直な気持ちを率直に答えていた。
「イヤですけど………」
「なんで?!」
 上司が目を剥く。素で予想外だったらしい。
「“なんで”?! むしろなんで受け入れられると思ったんです?!」
「だって、ミタカくんの大好きな上司がこうやって“お願い”してるんだぞ? ささやか且つ乙女チックでいじらしい願望を、どうして拒否できるというんだ」
「アンタ乙女じゃないでしょう」
「あー! 差別! 差別ですよ、それは。オジサンだって乙女です!」
「めちゃくちゃ言わないでくださいよ! アホか!」
「ひどい! 上司に向かってアホって、それってパワハラ……」
「どっちがだ!」

 散々揉めたあげく、事務のお姉さんが何事かと首を伸ばして塾長室を覗きこみ始め、僕は折れた。

「日曜と月曜の境目、深夜0時……」
 念のため一分前にアラームをセットしたスマートフォンを凝視し、僕はため息をつく。画面に表示された時刻は23時58分。あと少しでアラームが……とおもう間に「ピピピ」と小さな電子音が鳴り響き、僕は即座にアラーム機能を停止させた。布団のうえで正座した足をもぞもぞと動かす。
「あ、あと一分……」
 あと一分したら、僕は塾長──いやまあ、なんか最近は”そういう”気配が濃厚な仲になりつつあるけど、それでもどう形容していいかわからない、そんな人の事を考えなければいけない。
「あ」
 画面の表示がぱっと切り替わる。0時ちょうど。
 僕は思わず深呼吸した。
 ──って、アホか。
 ほとんど毎日顔を合わせている上司の、いったい何を考えればいいというのか。彼が言うには「ほとんど」の部分が問題で、「正確に」毎日ではないのがイヤなんだとか。何がどうイヤなんだ。
“私は、毎日きみのことを考えている。きみも、せめて考えるくらいは毎日してほしいんだ。ダメか?”
 ──何故、ダメですと言えなかったんだ……。
 僕は頭を抱えた。
 大体、あの人はマイペースすぎて困る。何を考えているのかまったくわからない。見た目はすごくかっこよくて、男女共に好感を持たれる整った容姿をしているのに。すらっと背が高く、スタイルも顔も良い。
 そう、顔だよ、と僕は憤る。なんなんだ、あの顔は。ハンサムと呼ぶにはクセがあり、胡散臭さ爆発のひげ面なのに、目を引く美しさがある。整った鷲鼻なんて概念、あの人で初めて知った。そして瞳。なんとも言えない、グリーンともブルーとも、灰色ともつかない不思議な色の、綺麗な目。あの目に見つめられると、頭の芯が痺れたみたいになって僕はいつも……。
 ──って、だから、なんで!
 彼の顔を思い浮かべるだけでもぼうっとのぼせたみたいになり、僕は頭をかきむしる。
 ──あの人のおかげで、今までどんだけ苦労してきたと……!
 季節ごとにスタバにパシらされる。そのうえ夏期講習みたいに皆がカリカリしてるときは、好きなものを間違えたら普通にドヤされる。ていうか、あのクソ複雑で呪文みたいな名前、覚えられる奴いるか!
 そもそも休みの日に近所を徘徊してるあのオッサンと遭遇したのが間違いだったんだ。独身の料理は余るんじゃないか、片付けるの手伝ってやるなんて口車に乗せられた僕も僕だが。しかも彼は僕の料理を気に入ったらしく、やたら懐かれた。餌付けする気なんてこれっぽっちもなかったのに。
“きみ、料理うまいな! 天才だ!”
 キラキラした目で僕を見るあの人の顔を思い出す。あんなふうに美味しい! ってこどもみたいに目を輝かせられたら、そりゃこっちだってつい絆される。あげく彼のペースに巻き込まれて……。
 夕食を共にして何度目かの夜、酔った彼がうつらうつらし始めたから、毛布でも掛けようと近づいたときの情景がいきなり目の前に浮かぶ。
“塾長、ここで寝たら風邪……”
“ん……やだ”
“何がイヤなんですか、ほら、せめてソファに移動してくだ……って?!”
 むにゃむにゃとつぶやきながら、あのとき彼は何故かがばりと僕にハグをかましてきた。
“ちょ、ちょっと!”
“ここでねるう”
“寝るう、じゃない!”
 動揺した僕は思わず彼を張り倒してしまったが、あのとき僕の顔にかかった彼の髪、やさしげな赤い髪の、その柔らかな──
「うわあ!」
 あのときのパニックが甦ってしまい、僕は思わず叫ぶ。叫んだついでに自分の頬を張り倒して正気を取り戻す。
 し、しっかりしろ。
 カッと目を見開いてスマートフォンを確認すると、まだ1分しか経っていなかった。考える時間の約束は5分。
 ──あ、あと4分もある……!
 軽く絶望しながら、僕は自分を鼓舞する。大丈夫、彼にかけられた迷惑なら腐るほどあるから、苛立っているうちに4分などすぐ終わる。あの日の距離の近さはいったん忘れろ。
 そうだ。距離。距離感がおかしいんだよ、あの人。互いの家を行き来するようになったからって、ただ新宿に遊びに行っただけなのに、い、いきなり手を繋ぐなんて、そんな、付き合ってる訳じゃないのに、イヤそもそも付き合うってなんだ、お前、本当にあの人とそういうアレになれるとでも……う、
「うわああああああああ!!」
 自分でも思ってもみない大声が出て、僕は我に返る。
 0時2分。
 お、落ち着け。
 落ち着けドフェルド。
 身体中に嫌な汗をかいている。さっきシャワーに入ったばかりなのに、パジャマ代わりのジャージがすでにびしょびしょで気持ち悪い。
 ──おのれ、塾長……!
 僕はついつい握りこぶしをつくった。
「僕を弄んで、楽しいですか……ッ?!」
“楽しいよ”
「グッ」
 独り言のはずだった問い掛けに、想像のなかの塾長は満面の笑みを返してきた。
“だってかわいいもん”
「あ、あんたねえ!」
 落ち着け、相手は僕の想像上の塾長だぞ、と思いつつ、僕は気がつけば存在しない彼と会話を始めていた。
「そりゃあ塾長は遊び慣れてるからいいでしょうけど、僕はそういうのは……」
“遊び?”
 空想の彼は片眉を上げる。相手をバカにしたり、あるいはムッとしたときによくやる仕草だ。
“君は、私が遊びで君にちょっかいを出してると思っているのか?”
 心外だ、というように腕を組む。怒っているぞ、の合図。
「わかりにくいんですよ、いつも本気か冗談かわからないし。ヘラヘラしてるし、真面目な話しようとするとはぐらかすし」
“それは、その、君に甘えてるから”
「グッ」
 塾長の天然すぎるかわいげに、僕は口ごもる。空想の彼は、現実の彼より少し素直──っていうか、待て、これは僕の願望なんじゃないのか?
“いいや。君は私のことを良く理解している”
「僕の心を読まないでください」
“お、拗ねたな”
「拗ねもしますよ、僕はあなたに振り回されっぱなしだ」
“楽しんでるくせに”
「わかったふうな口利かないでください。あなたに僕の何が──」
“わかるさ”
 ふと目を上げると、目の前に彼がいた。心臓が跳ね上がる。やさしい微笑みを浮かべた彼は、僕の目をじっと覗きこんだ。
“私は、君以上に君のことを良く知っている”
「な、にを……」
 彼の整った顔がどんどん近づいてくる。
 温かい指先が僕の顎に触れる。彼との距離は、もう数センチもない。鼓動がありえないほど早く打つ。胸が苦しい。息ができない。
「いや、近……」
“教えてやろうか、君さえ知らない、君のことを──”
 グイと顎を上げられる。彼の顔はもう息が触れあうほど間近く、僕の唇のすぐ先に彼の赤い唇があった。不意に、正座した僕の左太腿、その内側に彼のもう片方の手が置かれた。熱っぽい手のひらが、じわりと内腿を撫でる。
「………あの」
 彼の色っぽい囁き声が、熱い吐息とともに耳を濡らした。
“素直になれ、フェル”
「ぁ………ッ」

 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!

「うわぁ!!」
 突如手元のスマートフォンから爆音でアラームが鳴り響く。僕はがばりと起き上がった。
「って、え、ええっ?!」
 あわてふためきながら電子音を止めると、画面には
「0時30分?!」
 いつのまにか寝落ちしてしまっていたらしい。布団の上で汗だくのまま、僕は呆然と部屋を見渡す。
 もちろん、誰もいない。
 ──え、じゃあ、あれは夢か?
 それにしては生々しかった。彼の顔の皮膚、その皺ひとつひとつが見えるほどにリアルだった。間近に迫った彼の吐息も、太ももを妖しく這い回る掌の感触も……
「だっ、ダメ! ノー! ノータッチ! アウト!!」
 ふたたび何かを思いだしそうになり、僕は狂ったように頭を振る。
「考えるな! 感じるな! 寝ろ!」
 そう、こんなときは寝るのがいちばんだ。
 僕は布団をひっかぶる。そして、きつく目を閉じる。何も思い出さないよう。ただ暗闇が、僕の思考を侵食してくれるのを待つ。下半身に妙な違和感があるのには決して意識を向けないように──。

「おはよう、フェル君!」
 翌日、早めに出社した僕を待ち受けていたのは、それに輪をかけて早く出社していた塾長だった。やけに肌が艶々している。
「その呼び方、塾でしないでください」
 うんざりしながら目を合わせないようにして席につく。
「お、二人だけの秘密か? いいな、背徳感が」
「公私混同は避けてほしいだけです」
「公私“混同”……」
「妙な部分で感動しないでください」
「な、な、ところでさ、例の──」
 来た。
 僕は目をつむってため息をつく。そして、覚悟を決めて彼を見た。
 期待に満ちてキラキラした目と僕の視線がぶつかる。
 ──く、クソッ……。なんで、なんでそんな……!
「かわいいんだよ!」
「えっ、それって、わた」
「違います」
「光速否定だ」
「なぜ喜ぶ」
「だってミタカくんの光速否定は肯定じゃないか」
「そういうの四文字熟語で何て言うか知ってますか」
「大正解」
「四文字」
「超大正解」
「小学生か。正解は牽強付会、あるいは我田引水です」
「漢字書けないなあ」
「生徒の前でそれ言わないでくださいね」
 ハアー、とこれ以上ないくらいのため息が出た。
 つ、疲れる。この人と会話するだけで──
「楽しいな」「疲れます」
「エッひどい。……おい、ミタカくん」
「……」
「こら、無視するな」
「…………」
「で? やったのか?」
「…………はあ、まあ、一応」
 ギリギリまで誤魔化すつもりだったが、もはや限界だった。
 僕の答えを聞き、塾長はひゃっほーう! と奇妙な雄叫びをあげた。
「どうだった?」
「どうも何も……塾長は迷惑だな、という愚痴を5分ほど考えていたら頭痛が」
「私のほうは最高だったぞ!」
「聞け」
「きみ、最初のうちはぶつぶつ文句言ってたんだよ、私のことウザいとか何考えてるかわからんとか言って」
「……はあ」
「でも何だかんだで私のこと褒めてくれるんだよなぁ、顔が良いとか顔が良いとか顔が良いとか」
「それ以外に褒める所がないとも言えます」
「怒りながら私を褒めるフェル、かわいかったぞ! 怒ってるときは男前でもあるから、私の男もだいぶ男になりました」
「ミタカと呼べ。それから詳細な報告は不要です」
「でもな、ミタカくんはウジ虫だろ」
「突然の強烈なディス」
「どうせ僕のこと遊びなんでしょーって拗ねはじめて、そりゃあもう可愛かったのなんのって」
「………ハァ」
「あんまり可愛いから本当に食べちゃおうかなって思って、私ちょっと誘惑しちゃおうかなって」
「……………………」
「それで……あれ? どうしたミタカくん?」
「あ、いえ……」
 血の気が引いていくのを必死に隠しながら、僕はあわてて先を促した。
「その、それで、どうしたんですか」
「……………」
「な、なんで黙るんですか」
「…………だって」
 急に不気味な沈黙を始めた塾長は、なぜか乙女のように両手を頬に当てるとハァ、とため息をついて顔を赤く染める。そして体をくねらせて言った。
「ダメ、言えない……」
「やかましいわ! 言え!!」
「キャッ」
「キャッじゃない!」
 キレる僕に、彼はやだー、フェル怖いー、恥ずかしいこと言わせるー、とくねくねしながら更に顔を赤らめた。き、きもちわるい。
「ふぇ、フェルったら、私の……あんなところを……舌で」
「断じてしていないが?!」
「だから私も、応えないとって思って、あられもなく開かれたフェルの足のあいだに──」
「あられもなく足開いてないですからね僕?!?!」
「君に届いたか、私のいじらしい乙女心が……?」
「黙れエロオヤジ!!!!」

 その日、三番目に塾に到着した掃除のオバチャンが真っ先に目にしたのは、塾長室に閉じ込められ、扉を叩いて助けを求める塾長の情けない叫び声と、それを完全に無視して授業の準備を黙々とおこなう僕の異様な姿だったという。

(了)


すみませんでした……。
なお、『有害指定同級生』はこんなマンガです。
下ネタ百合的なカワイイお話だよ!
今回のパロ元は3巻に収録されてるので読んでね!


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