取調室の扉が開いた。
「釈放だ」
ハックス刑事が顔を覗かせ、ぶっきらぼうに吐き捨てる。
「今日のところは帰っていい。──だが、また来てもらうからな。何度でも。貴様には、聞きたいことが山ほどある」
その顔には、苦渋の表情がありありと浮かんでいる。
ミタカは無言で頷くと立ち上がり、静かにドアに向かった。
部屋を出るとき、ハックスが物凄い目付きで睨み付けてくるのがわかったが、あえて無視する。
「刑事さん」
そしてすれ違いざま、彼の耳元で低く囁いた。
「食事でもいかがですか、今晩」
町はずれの高級店の名を告げると、ハックスの目がカッと見開かれ、やがて見る間に怒りで充血していくのを、ミタカは面白そうに見守った。
「ふざけやがって……!」
「ふざけてなどいません。真面目なお誘いです。貴方と話すのは楽しい。──それに、貴方だって言ったじゃないですか。僕に聞きたいことが山ほどある、と」
不敵な笑みを浮かべるミタカに、ハックスは忌々しげに舌打ちする。
「せっかくだが、被疑者との個人的な会話は禁じられている。わかったらさっさと帰りたまえ、ミスター・ミタカ」
「帰れと言ったり、帰るなと言ったり。勝手ですね、警察は」
大げさに肩をすくめて見せると、ハックスは心底うんざりという顔でミタカを見た。
「苦情は別の窓口に言ってくれ。私は忙しいんでね」
しっしっと身振りでミタカを追い払う。
だがミタカは尚も食らいついた。
「悪い話じゃないと思うんだけどなあ。ねえ、どうでしょう──アーミテイジ?」
ファースト・ネームで呼んだとたん、去りかけていたハックスがくるりと振り返る。
「その名で私を呼ぶなと言ったはずだぞ!」
「じゃあ、ミスター・ハックス?」
「ハックス刑事だ!」
ミタカに突きつけた人差し指が、わなわなと震えている。本気で怒っているようだった。嬉しさのあまり、ミタカの顔には満面の笑みが浮かぶ。
「八時で如何でしょう」
「黙れ!」
「八時ですよ。待っていますからね」
肩をいからせて去っていく背中に、大きな声で呼び掛ける。
彼は今度は振り向かず、ただ肩越しに中指を立てて寄越した。
ミタカは、とうとう声を立てて笑った。
(続かない)