到着した治療ユニットは、ハックスの顔面を隈無く走査すると、すぐさま治療を開始した。
ユニットから分離したボットが、ハックスの顔付近を忙しく飛び回りながら、折り畳まれた数本の脚(アーム)を伸ばす。黒く角ばった脚は思い思いの方角に伸び、カチャカチャと恋人の顔にナノチップを敷き詰めていった。あっという間に、顔の右半分は黒と銀で縁取られた五ミリ四方のチップで覆われる。
ボットは、さらに伸ばした脚を細分化させながら、ヂヂッと低い音を立てて顔面いっぱいに拡がっていく。もはやレンには何をしている見当もつかない作業が開始されると同時に、ボットは脚たちを切り離すと、再びふよふよと浮遊して医療ユニットに収まった。
ユニットのメインモニターが治療経過と残り時間を映し出す。暗がりに鈍く光る画面と、ハックスの寝顔を交互に眺め、やがてレンは視線を天井に移した。
昆虫のような黒い脚と極小の基盤に覆い尽くされた、右半分の機械の顔。
染みひとつなく透きとおった、左半分の白い顔。
腕の中の恋人は、なんだかもう、生きている人間のようには見えなかった。
ただ、凄絶なまでに美しい何か──魂を持たぬからっぽの器になってしまったようで、レンは知らず知らずのうちに身震いする。もちろん、それはレンの感傷にすぎない。ハックスは今、傷を修復するために眠っている。戦っている。
朝になれば、今夜の傷など存在しなかったかのように、完璧に整った顔を衆目に晒し、いつものように無表情に笑うのだろう。
けれど。
刻まれた痛みは、どこへ行くのだろうか。
傷が癒え、否、消え、遺伝子から再建設された肉体は、痛みの記憶を何処に託すのだろう。
かつての技術では、完全に傷を消すことは不可能だと言われていたらしい。だから、消えぬ傷と共に生きよ、と。
けれど今、傷んだ部分はこそげ落とされる。それならば、虐げられ磨耗した“彼”は、一体何処へ行く。
“彼”は今、どれほど残っている。
何処までが“彼”なのだ。
──馬鹿。考え過ぎだ。
レンは首を振る。
ハックスの痛みが一晩で癒えるなら、それに越したことはない。俺は、何を不安になっているのだろう。
「ハックス」
微睡む恋人に呼び掛ける。もちろん、返事はない。
微かに上下する彼の胸に、そっと手を当ててみる。
あたたかい。
生きているのだ。
「アーミテイジ」
滅多に呼ばない愛しい者の名を、レンはもう一度呼ぶ。聞こえない程の低い声で。
身を起こし、胸に耳をつけると、トクトクという速い鼓動と、すうすうという穏やかな呼吸が、レンの身体に直に伝わった。
レンはしばらく、そうしてハックスの胸に頬を寄せていた。
もうすぐ、夜が明ける。