二人はともだち

 年が明けて、夜。
 新年に湧くスターキラー基地の一画、ファースト・オーダーVIP専用ラウンジにレンはいた。
 お祭り騒ぎを嫌うレンが自室に籠ってデス・スターのプラモデルを組み立てていたところ、ハックスからの呼び出しが掛かった。お茶でもどうだと言う。
 実は新年早々ネットで引いたおみくじが余りにも不本意な結果になり意気消沈し、さらに少しの寂しさも感じていたレンは、渋る演技をしながらもいそいそとその誘いに応じた。
 出向いてみれば、ハックスは上機嫌でレンに苦い茶とフォンダンショコラを振る舞った。濃厚でほろ苦いチョコレートは、甘いものが苦手なレンも思わず微笑むほど美味で口どけがよく、すっかり満足したレンは益体もないこと──昨今のベイダー卿の偶像化について──を喋り倒した。けれどハックスは不思議なことに嫌な顔ひとつせず、従順に話を聞き、相槌を打ち、ときにはレンの論拠を褒めもした。
 いつもの彼と何かが違う、何かがおかしいぞと警戒しつつ、それでも普段は誰も聞いてくれないマニアックな話題を口にできることが嬉しく、気がつけばレンの機嫌はかつてないほど高まりつつあった。
さっきまでは。
「…………」
「…………」
 いま、和やかな空気はどこへやら、二人の間には微妙な緊張と沈黙が満ちている。
「……これは」
 震える手で、レンは目の前を指差す。テーブルの上には、ハックスが置いた一枚のデータパッドがあった。画面に表示された文書には、馬鹿でかい字で「兵士補充に関する研究および計画書」と記されている。右上の承認サイン欄の、レンの担当部にこれ見よがしな丸がつけてあった。
「兵士補充に関する研究および計画書だ」
 答えるハックスは真顔だ。
「それは、見ればわかる」
 怒りに震える声でレンが応じる。
「じゃあ話は早い。サインしろ」
 ほら、その、そこと言いながら、同僚は丸のつけられた箇所をしれっと指差す。なんとも腹立たしい仕草だった。
「なんで」
 レンが唸るようにやっとそれだけを言うと、
「ケーキの代金──の、代わり?」
 代わり? と言いながら、あまつさえ小首を傾げてみせる。レンは思わず大声を出した。
「ふざけんな!」
 テーブルを拳で叩く。水の入ったグラスがガチャンと音を立て、背後に控えていたウェイターが「ヒッ」と小さく声をあげた。
 何かがおかしいとは思っていたが、やはり魂胆があったわけだ。騙されてホイホイ楽しんでいた自分のアホさが惨めになり、レンはパッドを投げつけたくなる衝動を必死に堪えながら、どうにかそれをハックスに押しやった。
「断る。ここは、言ってみりゃ社員食堂だ。VIPはタダだろ」
 正論ではあるが、そうじゃないな、と言ってしまってから後悔する。が、ハックスが気にした素振りはなかった。ただ、えーと不満げな声をあげる。そしてしばらく考え込み、
「じゃあ……お年玉」
「じゃあって何だよ! やらないよ! なんで年下の俺があんたにお年玉やるんだよ、むしろくれよ」
「チッ。これだからモテない男は……」
「余計なお世話だ!」
 ふたたび叩かれるテーブル。ウェイターがキャッと叫び、慌てて何も言っていないフリをした。
 ハックスがとりなすように口を開く。
「レン、そう怒るな。ちょっとその報告読んでみろ。凄いから」
「イヤだね」
「なあ、機嫌直せ。──別に、騙すつもりはなかったんだ。ただ、あまりに凄い技術が可能になったから、お前に聞いてほしくて」
「お前に聞いてほしくて」と聞いたとたん、ハックスの顔を見まいときつく目を閉じていたレンの片目は薄く開かれた。その目が少し泳いでからパッドの上に止まり、そのまま彷徨(まさよ)う。
「……どんな研究だ?」
 レンの言葉に、ハックスの無表情がパッと明るくなった。いかにも嬉しそうな口調で答える。
「『誰でも妊娠キット』」
「──訊いた俺が馬鹿だった。忘れてくれ」
「いやいやいや聞けって! 凄いんだからこれが」
 目をきらめかせるハックスに、レンの嫌な予感はいや増した。が、当のハックスはレンの心底嫌そうな顔などお構いなしにベラベラと喋りはじめる。まるでさっきの自分を見ているようで、レンは頭を抱えた。
「これを使うと、性別問わず妊娠が可能になる。しかも、生まれてくるのはみーんなとってもかわいくって従順で、もの覚えが死ぬほど良くて、でも自我はなくて、体力の衰える30代くらいで自然に死ぬ、生殖能力を持たない生物なんだ。ちなみに死体は燃料にも食糧にもなる」
「は?!なんだそれ?!」
 ──性別問わず妊娠できる?!
 あまりのことに、レンはわが耳を疑った。レンの驚愕を感心と受け取ったのか、ハックスは得意気に鼻の穴を膨らませた。
「しかも、なんと──驚くなよ。人間とはDNAが違うんだ! つまり、100%別種の生物なので倫理面もスルッとOK」
「スルッとOK! じゃないだろ!」
 堪えきれずにレンは叫ぶ。
「新年早々エグい話すんな!!」
「えー」
「えーじゃない! OKでもない! 明らかにダメだろ!」
「でもぉ」
「でも、じゃない! 可愛い子ぶるな!」
 未練がましく上目遣いをしてみせるハックスに、レンはヴーと唸って威嚇の体勢を取る。そのまま両者はにらみ合い、最終的にハックスが目をそらした。
 が、それでも諦めきれないらしく、彼はぶーたれた顔のままブツブツと不平を呟き始めた。
「いまFOにとって兵の確保は深刻かつ早急に解決すべき問題なんだぞ? 人間の欲望はいついかなる時にでも存在するし、でもお前はクローン嫌だって言うし、最高指導者は兵士足りないってせっついてくるし、予算ないし……。これなら諸々一気に解決できるのに。せっかく(科学者たちが)何ヵ月も徹夜して、(科学者たちが)おやつ食べるのも我慢して、(科学者たちが)苦労に苦労を重ねて開発したのに……」
「急に萎らしい態度取るなよ。しかもちょっと俺が悪いみたいに言いやがって」
 がんばったのにぃ、にぃ、と鳴くハックスを、レンはしばらく眺める。こいつの科学に対する歪んだ執着は何なんだ、と思いながら。
「……最高指導者は、なんだって」
「『別にいいけどなんか気持ち悪くない?』だって」
「気持ち悪がってんじゃん……」
「なあ、頼む、レン。私だけじゃなくて、お前も賛同しているとなれば最高指導者の見る目も変わるかもしれないだろ。ムカつくことに、今はお前だけが頼りなんだよ」
 珍しく計算でない、ハックスの本物の縋りつくような表情を見て、レンは小さくたじろいだ。
 別にサインをすること自体は問題ないし、恩を売ってほんの一瞬でもハックスに感謝させたいという気持ちも大きかった。
 そして、それより何よりも。
「……それ、本当に大丈夫なのか?」
 意を決して問うたレンに、ハックスは怪訝そうな顔をする。
「大丈夫ってどういうことだ?研究成果は確かなものだぞ」
「『誰でも』ってことは、その──あんたでも生めるのか?」
「はァ?! まあ理論上は可能だが──まさかお前、『本当に大丈夫なことを自分の体を使って証明しろ』とか野蛮なこと言う気か? それなら科学者共に──」
「あ、いや。そこは信用してる」
「そうか。……ん?なら何で」
 不思議そうな顔のハックスに、レンは一瞬言い淀む。しばらく迷い、そして思いきって口に出した。
「俺の子、生んでくれるか?」
 周囲の空気が凍った。
 ウェイターが、ぽかんと口を開けてこちらを見ている。誰もいないと思っていた厨房から一瞬大きな火柱が立ち、すぐに大慌てで消化する音が聞こえてきた。
 ハックスは能面のように無表情だった。
「……あ?」
 たっぷり30秒ほど置いて、ドスの利いた低い声がハックスの口から漏れる。普段はどちらかと言えばすっとんきょうな声してるくせに、こんな声も出るのか、とレンは心の片隅で感心した。
「今、なんて言った?」
「だから、俺の子を──」
 レンが繰り返そうとするなり、ハックスはうわあああああと叫んだ。
「やめろ繰り返すな穢らわしい! 嫌に決まってるだろう!! アホか貴様は! ソロでも生めるんだぞ、生みたかったら勝手に生め!!」
「いや、俺が生むんじゃなくて、あんたに生んでほしい場合は──」
「ヤダヤダヤダ何言ってるのこの子?! どうした?! 貴様、私を強姦する気か?! 待て、そういう問題か?!」
 顔面蒼白になったハックスは、逃げようとしているのかやたら手足を振り回してた。が、椅子にへたりこんだままなのでなんだか踊っているように見える。腰が抜けたらしい。
「いや、無理強いは俺もイヤだから、できれば合意の上で」
「『できれば』?! できない!!」
「ハックス、落ち着け。なんか誤解してるぞ、あんた」
 ──ああ、しまった。
 言いながらレンは歯噛みする。
 ──言う順番を間違えたな。馬鹿だ、俺。
「あのな、俺たちの子は兵士にはしない。寿命も延ばしてもらおう。そういう処置もできるんだろ?」
 フワーというハックスの絶叫。白目を剥いている。
「い、嫌です! 罪の子です! 赦されません!」
「な……あんた、さっき倫理面で問題はないって」
「私が間違っていました!全面撤回!これは悪(あく)です! 邪悪! イーヴル!」
「おいハックス、ちょっと落ち着けって。狂ったのか?」
「って言いながらジリジリ近寄ってくるんじゃない! 助けて! 衛兵、えーへーーー!!!!」
 錯乱したハックスの野太い絶叫と同時に、血相を変えたミタカおよびハックスの側近たちがラウンジに雪崩れ込んでくる。
 そしてレンが何か言う前に、ハックスはあっという間に側近に囲まれ、担がれて消えた。
 後には、やはり腰を抜かしたウェイターと、がらんとして誰もいないラウンジだけが残された。

 ハックスに呼び出される、数時間前。
 レンは一人の部屋で暇を持て余し、ネットでおみくじを購入していた。ハイパータロットや古代暦の読み替え、その他様々な占いを独自の方法で組み合わせ、いま銀河で一番当たると評判の占い師のホログラムが、重々しい口調で今年のレンの運気を告げる。
 すなわち、「凶」。
『最も近しい者を失くす。その者は貴公が喪いたくないと常々思っている者である。防ぐには、その者との間にかけがえのない唯一のものを何かひとつ、愛情をもって育むこと。さすれば、貴公の尊敬する者の偉業にも迫る功績を残すことができるであろう』
「……はい?」
 そう云われても、とレンは困惑する。
 そもそも俺には『近しい者』などいない──
「あ」そこで不意に思い当たった。「いた。ハックスだ」
「けど、『愛情をもって育』める『かけがえのない唯一のもの』って何だよ……」
 恐らく占い師が想定していた答えは『友情』なのだが、その答えを得られないまま、けれどその結果だけは、レンの心に強く刻まれた。
 不意に部屋のコムリンクが鳴る。
 レンの唯一失いたくない相手──ハックスからの。