運命を感じろ!

運命を感じろ! <Hux>

 部下たちから送られてきた資料をチェックし終え、大まかなストーリーラインに当て嵌める。深堀りの足りない部分や、追加で必要になる分析をリストアップし、分担を再度割り振って時計を見れば、十時。これだけできれば、休日の朝にしては上出来だろう。
 ぐっと伸びをして身体をほぐし、朝から腰にしがみついて離れない物体の後頭部を軽く叩いた。
「おい、終わったぞ。起きろ」
 ギリシャ彫刻のように美しい横顔のラインをつい、と人指し指でなぞると、物体Xはもにゃもにゃと口を動かしてずずっと何かを啜る音を立てた。……ヨダレだ。勘弁しろ。
 だいたい、そんな綺麗な顔して鼠色のスウェットを着るな。何なんだ、その謎の宇宙人のイラストは。とりとめのない突っ込みを入れながら、波打つ黒髪をもちゃもちゃと掻き回す。
「ほれ、どけ。珈琲淹れたいんだ」
「ん……飲む」
「誰がお前の分もあるなんて言った」
 笑いながら腰に回された腕を外し、キッチンに立つ。
 二人分の豆を挽きポットを火に掛けていると、暑苦しい筋肉の塊がのそりと現れた。
 まだ半分目が閉じている。よろよろとさまよいながら俺にたどり着くと、何も言わずに背後から腰に腕を回してまとわりつく。
「おい、熱湯。気をつけろ」
「夢、見た。新しいスター・ウォーズのやつ。俺、まんまカイロ・レンで……アーミは将軍でさ……」
「ああ、あれか……」
 思わずポットを回す手が止まる。些か薄気味悪いくらいにまで似た俳優、しかも同姓同名と、どうにも据わりが悪い例のSF超大作映画。
「アーミ、ほんと似てるよね。何だっけ、ドーナル」
「俺の方が良い男だ」
「うん。そうだけど」
 甘えたように鼻を鳴らしながら、彼が俺の首筋に鼻を埋める。恐らく匂いを嗅いでいるのだろう。犬か。
「でもね、夢で、将軍とカイロ・レンは、ちゃんと恋人同士だったんだ」
「は?」
 突拍子もないことを言い出した彼を思わず振り向いてまじまじと見つめる。
 真剣な顔で、彼は断言した。
「あの二人も、俺たちも、運命の恋人だ」
「お、おう……じゃあ、RJに教えてやらんとな……珈琲、入ったぞ」
「ありがと」
 トチ狂ったことをぬかした後とは思えない普通さで、渡されたマグを両手で受け取り、おとなしく飲み始めた彼を眺めながら、俺はぼんやり思った。
 運命であろうがなかろうが、この魅力に抗える人間がいるとは、思えないけどな。

Re : 運命を感じろ! <Ren>

 休日の朝。
 俺が起きたときには、アーミテイジは既に居間のソファでラップトップとiPad、そして紙の資料を広げていた。
「これだけ片付ける。そしたら買い物行こうな」
 俺の気配に気づき、顔も上げずに言う。いつものことだ。俺は無言で彼の腰にしがみつく。アーミティジの身体は細い。そして薄い。あんなにプールに通っているのに、筋肉がちっともついていないどころか少しぷにぷにしている。本人も悩みの種らしく、たまに俺のおっぱいを憎々しげに揉みしだきながら「クソ……作家にこんな肉要らんだろ……」と呪詛を吐いている。肉を喰わないからだと言ったのだが、だって肉は嫌いだ、で話は終了した。俺は彼の今の身体が大好きだから、それ以上は何も言わない。
 色素の薄いアーミテイジの顔を下から見上げる。白いアンダーシャツに油断しきったよれよれのトランクスという出で立ちなのに、俺の恋人は今日も完璧に美しい。朝日に透けた赤い髪も、同じ色の長い睫毛も、まばらに生えた無精髭も。
 存分に眺め回し、彼の脇腹に顔を埋め、鼻先をこすりつける。マウスをほとんど使わない、静かで滑らかなキーストロークが耳に心地よい。俺のバイト先のクソ店長とは天と地ほどの差がある。(店長のEnterキーを叩く音のデカさと言ったら、よくあれでキーボードが割れないなと感心するほどだ。頭が悪いやつほど、打鍵音も強い。これは宇宙の法則だ)
 ひょいと肩越しに彼の手元を見ると、俺には何が書いてあるかさっぱり判らない数字の羅列やグラフがあった。
 彼の肩に顎を乗っけてしばらく眺めたが、すぐに飽きて横を向く。
 間近で彼の表情を眺める。集中しているのだろう、真剣な顔つきだ。
 目が丹念に数字を追い、時々顔をしかめたりしながら、確実に捌いていることはわかった。
 仕事ぶりに惚れ惚れしていたら、なんだかムラムラしてきた。
 まずい。
 この状況で発情すると、彼は確実にキレる。
 そういえば、彼は良く事後の俺を「液状化してる」と言う。俺にそんなつもりはないが、確かに快感でグズグズになってはいるから、そうなのかもしれない。アーミテイジとするの、本当に好きなんだ。(いや、彼以外を知らないんだけど)だから俺は、アーミティジの恋愛遍歴を聞くのが苦手だ。わかっていても全身が嫉妬でぱんぱんに膨れ上がり、昔の俺が復活しそうになる。全員射殺してやる、という、例のドス黒い気分に。
 ただ、一度彼がぽろっと「俺、ドMもイケるけどな」と口を滑らせた時だけは興奮した。だってそれは……見たいじゃないか。
 口では嫌だ嫌だと泣きながら気持ち良くなっちゃうアーミテイジなんて、えっちに決まってる。色々と妄想が止まらなくなり、一気に挙動不審に陥った俺を彼はしばらく面白そうに見ていたが、やがて「やってみるか?」と悪戯っぽく囁いた。
 その時の彼の色っぽさと来たら、忘れがたいものがあった。
 ――結果? 結果は、まあ……予想どおり。
 つまり、散々だった。
 いざ事に及ぶとなると、俺は完全なるポンコツぶりを発揮した。意地悪しろと言われても、できない。方法がわからない。
 途方に暮れる俺を憐れに思ったアーミテイジが「じゃあ俺の両手拘束してみたらどうだ?」と提案してくれたが(これだけでも相当にみっともない)、実際目の前で彼が身動き取れない状態になっているのは、胸が痛んだ。
 しかも細いし薄いし、乱暴に扱ったら壊れてしまいそうで、その上「やめろ!」なんて言われると「えっ、ご、ごめん」とすぐ引いてしまう。
 苦笑するアーミティジに「いや、嫌じゃない。もっと手荒く扱えよ」と言われ、俺は完全にバグった。らしい。
 三分ほど機能停止した後、気づいたときには彼が俺の下で爆笑していた。
 その後の展開はご想像の通り。俺が液状化した。
 とりとめのない回想に耽っているうち、俺は眠りに落ちていたようだ。
 彼が俺の後頭部を叩いている。
 あ、やば、涎。
 ずるっと啜ると、彼のシャツに少し染みができていた。申し訳ないと思う間もなく、腰にがっしり回した腕を解かれる。急に体がヒヤッとした。
 やだ、行かないで。
 急に心細くなり、彼の温もりを求めてキッチンに向かう。
 珈琲の良い匂い。
 コーヒーメーカーじゃなく、アーミテイジが淹れた珈琲はすごく美味しい。
 シンクの所に、形の良い後頭部が揺れている。
 見つけた、俺の愛しい愛しい、運命の恋人。
 背後からぎゅっと抱きしめると、慌てたような声で彼が言った。
「おい、熱湯。気をつけろ」
 大丈夫だよダーリン、と言ったつもりが、寝ぼけていたせいかまったく言葉にならない。
 喋る代わりに、白い首筋に鼻先を埋め、思いきり息を吸い込む。良い匂いだ。香水をつけてないのに、なんでこんな良い香りがするんだろう。
 前に、アーミは加齢臭なんて無縁だね、と言ったら「お手入れしてるんだよ!」と半ばキレ気味に返されたことがあった。
 でも、俺は多分、彼の匂いなら加齢臭だって好きだと思う。臭いアーミとか、想像するだにかわいい。
 お前の分なんか作るか、と言いながら、アーミは絶対に俺の分の珈琲を淹れてくれる。
 ぼんやり俺を眺める彼を眺めつつ、俺は思う。
 これが運命であろうがなかろうが。
 俺、あんた以外とは、恋に落ちたりしないよ。絶対に。