好きだ好きだ好きだ

「誰だよ、真冬のコニーアイランド来たいとか言った奴」
人気のない閑散とした浜辺をぶらつきながら恋人がぼやく。
「……俺は好きだけど」
そう答えると、あああお前らしいなあああとヤケクソ気味に叫びながら、足元に転がる石を拾い上げ、海に向かって放り投げている。
何だかんだ言ってテンション高いじゃないかよ、とは言わずにおく。楽しそうな彼を見るのは好きだ。
普段は上げている前髪が眉に掛かっているせいか、その表情がいつもより子どもっぽく見えるのは気のせいだろうか。冬の弱い陽射しに透けた赤毛が綺麗だ。この髪が好きだ。
「一回来たいと思ってたんだ、映画観たときから」
「映画?何の?」
「『レクイエム・フォー・ドリーム』」
レクイエム…?と繰り返してから、ああ、という顔で頷く。
「ジェニファー・コネリーがえげつないレズセックスするやつか。そういやあったな」
「……そういう覚え方初めて聞いた」
露悪的な言い方は彼の癖だ。出会ったばかりの頃は驚いたけど、今はこういう所も嫌いじゃない。まあ、時と場合によるけど。
「あんな暗い映画のマネしたいとか、変わってんな、お前は」
あ、さては、と言いながらすけべそうな顔で振り向く。嫌な予感がした。
「ああいうのヤりたいのか?」
やっぱり。
「ふざけんな」
こういうのは嫌い……でもない。オッサンかよ、とは思うけど、まあ、オッサンだし。そこが良いんだし。
平日だからか、時間が早いせいか、ボードウォークを歩く人影もまばらだ。
晴れ渡った空。
灰色の海。
動かない遊園地。
閉まった売店。
砂浜で、靴を脱いで毒づきながら砂を抜いてる恋人。(革靴はやめろって言ったのに、無視して良いやつを履いてくるからだ。)
完璧だ。
カメラ持ってくれば良かったな、と少し後悔していると、彼が微笑んだ。その笑顔の美しさに、息が止まりそうになる。
「何ニヤニヤしてんだよ、お嬢さん」
「……べつに、してないよ」
俺の気持ちなんて全部見抜かれてるんだろうな、と思うのと同じくらい、俺がどれだけあんたを好きかは伝わってないんだろうな、とも思う。
ふーん、と言いながら、浜辺を引き上げて俺のそばまで戻ってくる彼の視線が妙に気恥ずかしくて目を逸らす。
自分だってニヤニヤしてるくせに。
端から見たら、大の男二人が並んでデレデレしてるように見えるんだろうか。
そう見えてほしい、と願う自分がいる。 友人同士じゃなくて、ちゃんと恋人同士に見えていてほしい、と。
「お、ネイサンズそろそろ開いたんじゃないか」
時計を見ながら彼が言う。
「戻ろう」
「待って」
あとを追いかけながら、咄嗟に彼の手を掴んだ。びくりと彼の肩が震える。

――頼む、離さないで。

祈るような気持ちで彼の冷えた指先を強く握ると、一瞬の躊躇のあと、彼は俺の手を優しく握り返してきた。
そのまま手を引かれるようにして、ボードウォークを無言で歩く。こめかみにまで響くどくどくという音は心臓?それとも血管を流れる血が立てる音だろうか。頬が熱い。
ふと彼を見ると、耳の先が真っ赤になっている。我が目を疑って彼の後頭部を凝視していたら、突然声が飛んだ。
「何だよ」
少し怒ったような言い方。照れている時はいつもこうだ。見てたの、何でバレた。相変わらず目が後ろについているみたいだ。
「……べつに」
顔がにやけるのを抑えられずに俯くと、急に彼が立ち止まり、俺は彼の背中に激突した。
「アーミ、何」
俺の言葉は突然のキスに遮られて途絶えた。
時間が止まる。
浜辺を散歩する老夫婦が視界の端に映り、あ、え、大丈夫なのか?と混乱する。こういうの嫌なんだろ、あんた。
しかしそんな小さな嵐も、彼のキスの前には塵同然だった。すぐにうっとりと彼の唇の感触に酔う。この柔らかさが、好きだ。
ふわりと匂う甘い香りも好きだ。今日は…確かこれは、ジバンシィ。
気がつけば、すがり付くように肩に手を回していた。
好きだ。あんたが好きだ、アーミテイジ。俺の恋人。俺の大切な人。
一体どれくらいそうしていただろう。きっと時間はとても短かったはずだ。でも、俺には1時間にも2時間にも感じられた。
ようやく唇を離した彼が、静かに聞いた。
「これで満足か?」
何も答えられずに呆然としている俺に向かって、決まり悪げに言う。
「……別に隠してるわけじゃないんだぞ」
「……うん、知ってる」
「……そうか、ならいい」
ほら、と言いながらまた手を差し伸べてくる。その手を今度は躊躇なく取る。ぎゅっと握る。離さない。この手を。
「アーミ」
「ん」
「お腹へったな」
ふふ、と彼が笑う。
「色気より食い気かよ」
俺も笑う。そういうわけじゃないけど。

真冬のコニーアイランド、来て良かったろ?と胸のうちでつぶやいた。


(了)


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