この縄の、この結び目ひとつをくっと手繰ればお前の胸骨は折れる。良くて大怪我、最悪の場合死ぬ。お前はこんな無様な格好で人前に晒されたいのか、俺もお前も一巻の終わりだ。それ以前にお前を殺したいかもしれない男の前で、その頸を無防備にも晒すとはどういうことだ。お前、俺にお前を殺させたいのか、そうやって俺を煽るのか、それとも縛るのか。激昂するハックス。
 お前の手の中で命を握られているこの時間、この瞬間ほど安らげるものはない。お前が死ねと思うなら俺は死ぬ、生きろというから生きる、もはや俺に意味を与えるのはお前とのこの時間だけだ。俺は生まれ落ちたときから意味の塊だった、今は意味が憎くてたまらない、もういっそすべてお前に委ねてしまいたい、握って奪って消してくれ。嘆願するレン。
 だってそうだろう。お前の父代わりを殺した男だ、クーデターを起こし組織を乱した者だ、俺を殺すのも良いだろう当然だろうと散々に煽るが、ハックスはただ、ぼたぼたと涙洟を垂らしながら己が毒でどす黒くふくれたレンの目を見て、やめておくよ。懲罰マシンなど舐められたものだ、そんな役割は御免被る。
 そんなんじゃない。ただお前は俺を欲しいものすべて持っているなどと言うが、俺は旧きを善しとしない為に父殺しなどという古くさい罪を犯したのに、実際誰よりも父殺しが必要なはずのお前、お前は何故その手で父を殺さずに来られたのか。しかも二度も。何故だ、何故お前のほうが俺よりも先を行くんだ。だだっ子のように泣くレン。俺こそお前を殺したいのかもしれない、それなのに殺す気が起きない。後に残されるなど。先のことは一人では耐えられない。
 俺たちの行く末なんぞ地獄に決まっているだろう、覚悟を決めろ、俺にお前を生かせしむるな、歩けるくせに。ホラ自分で歩け甘えた、と縄をほどくハックス。確かにお前を殺したいが、それ以上に殺したあと俺が死にたくなるのが目に見えているからな。
 そう言いながら生々しく緋い縛痕にそっと口づけるハックス、の赤髪にやはり口づけるレン。
 折り重なってただ互いの体温を分かち合う時間は、まるで漂流のよう。

 また縛ってくれるよな。
 二度と御免だ、もう来るな。
 そうか、じゃあまた同じ時間に。