鬼ごっこ

「食え」
「でも……」
差し出された桃を、アーミテイジは困ったように見た。ここにはフォークも、剥いてくれるばあやもいない。
ベンと名乗った少年は、途方に暮れるアーミテイジを小馬鹿にしたように見た。
「なんだ、都会もんは、桃の食いかたも知らんの」
日に焼けた浅黒い顔で小気味良さそうに嗤う。悔しい気もしたが、ちっぽけな優越感に取り合うのも馬鹿馬鹿しかった。
「うん、知らない」
アーミテイジが素直に頷けば、さらに得意げな顔になる。田舎者、と侮蔑する心とは裏腹に、アーミテイジの胸の奥はざわりと疼いた。その疼きに戸惑う。
「こうやってな」
淡い色の果実の表皮をベンの手のひらがぐるり撫でると、毳(けば)がきれいに刮げた。熟れきった桃は、そのままでも食べられそうなほど柔らかい。
「な?」
ベンはそのまま、お手本を見せるかのようにかぶりついた。桃はぶじゅりと潰れた音を立てて潰れ、果汁を滴らせた。
「食えるラ」
歳上の東京っ子に教えられるのが嬉しいのか、訛りも隠さずにベンは顔じゅうを笑顔にする。ブッと皮を地面に吐き出す。夏の凶暴な日射しが桃畑を白く灼き、ベンの逞しい腕の筋にくっきりと陰を刻んだ。蝉しぐればかりが喧しい。
「ほら」
汗の粒の浮いたベンの腕が、アーミテイジにむかって差し出される。
「食えって、旨いから」
言いかけたベンを遮るように、アーミテイジは彼の手を取ると、ぐずぐずに熟した食いかけの桃を、掌から直接貪った。
ベンの目が大きく見開かれる。
桃はアーミテイジの歯で潰れ、舌に乗り、口内に消えて行った。唇から顎へ、蜜が滴る。汁と泥で汚れたベンの指の一本いっぽんまでを丁寧にねぶり、ようやく名残惜しそうにアーミテイジは顔を離した。
「本当だ」
たっぷりと蜜に濡れた自分の唇を、舌を伸ばして舐めとる。
「美味しいね」
無邪気に笑った。
降り注ぐ太陽と蝉たちの鳴き声に取り囲まれ、幼いベンははっきりと悟った。
ああ、俺は今、捕まった、と。

(了)


※とうふさん「アーミさん面倒くさい果物好きそう」私「わかる、でも自分で剥かなそう」みたいな会話から生まれました
※皆川博子オマージュ……と自分ではおもってたんですが、いま元ネタ確認したらほぼまんまでした…まねっこですねこれ……ごめんなさい……


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