ミタカの反乱

 カイロ・レンが憎い。
「み、ミタカ? 早かったな?」
 執務室に入ってきた私を見るなり、動揺して目を泳がせる上司の顔を見ながら、私はつくづくあのマスク男を恨んだ。
「……将軍」
「もっとゆっくり休憩しても、その、良いんだぞ?」
「また私に隠れて甘いものを召し上がりましたね?」
「た、食べてない!」
 じゃあ、その顎や頬についてる餡子は何ですか。私の目は節穴だとでもお思いですか。それが軍の将たる御方の態度ですか。
 山ほど思い浮かぶ文句を無理矢理に飲み込み、どうにか平静を取り繕う。
「先ほど、そこで騎士団長と入れ違いになりました」
 言葉少なにそう告げる。
「ああ、ちょっと気になることがあったからな。報告に寄らせたんだ」
 役には立たなかったがなーと白々しく笑う上司に、私は冷ややかな視線を送った。
 ──嘘、ですね?
 貴方、お土産ぶら下げて勤務時間中に堂々と執務室に乱入してきたカイロ・レンを追い出すどころか「貴様もう少し気の利いたものを買ってこい、子どもじゃあるまいし私が温泉饅頭ごときで喜ぶとでも思っているのか」って文句言いまくりながら十二個入りの箱をあっという間に空にしましたね? そのスピードたるや、カイロ・レンの操縦するタイ・ファイターより速かったですね? あんなに嬉しそうな顔、わたしの前ではしたことないですね?
 最後のはともかく、目は口ほどにと言うが、将軍もどうや私の言いたいことを正しく受け取ったらしい。
 決まり悪げに首をすくめると、「じゃあ、私も仕事に戻るかな」などと言いながらそそくさと私の前から逃げ出した。
 自分の堪忍袋の緒が、切れかける音が聞こえた。
 ……何故です。
 どうしてわかってくださらないのです。
 私が口を酸っぱくして甘いものを制限しろと言うのは、すべて貴方のお身体のためなのに。
 私がどんなに頑張ったって、“恋人”の無軌道な甘やかしにすべて台無しにされるのじゃあ、あまりに馬鹿馬鹿しい。やってられない。
「……もう、いいです」
 もう知りません!
 将軍だって大人なんです、ご自分のことはご自分でなされば良い。
「み、ミタカ……?」
 私の激怒を察知してか、上司が私を呼ぶ声は、いつもより弱々しい。
「ハイ何でしょう」
 対する私の声は、極限まで冷えきっていた。
 ダメですよ、今さらしょんぼりしてみせたって。私だって、大きい子どものお世話をできるほど暇じゃないんですから。
「その……わ、私は市街地の視察に行ってくるが……」
「そうですか行ってらっしゃい」
 にべもない返事をして、憤然と彼の顔を見返した。すると……
 ──わ、わざとらしく悲しそうな顔をするのは、やめて頂きたい!
 こちらがびっくりするほどしょげかえった様子で、上司はとぼとぼとドアに向かって歩き出した。
 あ、あれ?
 コート着ないで行く気ですか?
 この星の外気温、何度だと思ってるんです? さっきのカイロ・レンの話聞いてました? 雪降ってるんですよ? ていうか、もしかしてお供もつけずに行くとか、なんで……ちょ、ちょっと……。
 ──あ、ああ! もう!
「将軍!」
 居ても立ってもいられず呼び止めると、将軍は光の速さで振り向く。
「……コート、どうぞ」
 いつものやつじゃなく、裏地がもこもこしているタイプを慌てて差し出した。
「雪も降っています。そのままでは、お風邪を召されますよ」
「そ、そうか。わかった」
 ああ、もう。
 そんな、嬉しそうな顔をして。
 皆は無表情だっていうけど、ほら、眉間の皺が少し弛んでるじゃないか。よく見ればわかるのに。
「あとこれ。ホッカイロ、持っていって下さい。ポッケに入れとくだけでも良いですから」
「うん」
「お一人で出られるのですか?」
「……」
 私の質問に、だってお前は来ないんだろ、とでも言いたげな顔をする。
 ──まったく。これだから。
「──では、私も参ります」
 束の間の反乱だったなと己の不甲斐なさを笑いながらそう言った途端、暗く沈んでいた将軍の目が光を取り戻した。
「……でも、お前は仕事があるだろう」
「将軍をお守りするのが、私の仕事です」
「……そうか」
「それから」
「ん?」
「付いてますよ」
「あ? え?」
 ここに、餡子が、と頬を指しながら手鏡を渡すと、上司は間抜けた顔でわたわたと身だしなみを整えはじめた。
 その間に、私は外出に必要な物を取り揃える。
 私が手渡したままにポケットに突っ込まれていたホッカイロを取り出し、摩擦を加えて発熱させてからポケットにまた戻す。
 まったく。
 とんでもなく有能なくせに、この人と来たら本当に子どもみたいだ。
「あのな、ミタカ」
「はい」
「饅頭、お前の分も一個取っといた」
 レンには内緒なと笑いながら、手のひらに茶饅頭をひとつ乗せてくれる我が上司に、戸惑いともなんともつかないめまいを覚える。
 ──せめて“恋人”のご趣味だけでも変えて頂けると、ありがたいんですが。
 私がこんなお裾分けを頂いたなどと知れた日には、間違いなくなんらかの報復がある。
 の、だが。
「……ありがとう、ございます」
 将軍が摂取する糖分のいくぶんかがこれで減らせると思えば、それも致し方あるまい。
 どうかバレませんようにと願いつつ、私は執務室のドアを開けた。
「それじゃ、参りましょうか」