罪人たち

 通信を終え、振り向くと彼の視線とぶつかった。彼女か? と目顔で尋ねられ、頷く。
「夏には子どもが生まれるらしい」
 答えながら、彼の頬にそっと触れる。かつてはただ薄く柔らかだった白い膚は、今や硬い皺が刻まれていた。しかしその手触りと体温は、たしかに彼が今、ここに存在すると力強く告げる。
 遠い水平線に夕闇の気配が滲み始める。ひときわ強い風が海から吹き上げ、枯れかけた下生えが乾いた音を立てた。彼の、俺の吐く息が白い。今夜も冷えるだろう。
「帰ろう」
 ペダルを踏み、ハンドルを回して車椅子の踵を返す。こんなことを言えば人は嗤うだろうか。それとも怒りに震えるだろうか。どちらも当然だろう。俺たちは大罪人だ。
 椅子に揺れる柔らかな赤毛を見つめ、静かに微笑む。
 それでも。
 今、俺は幸せだ。


 通信を終えた彼が、こちらに向き直る。彼女は元気かと表情だけで問いかけると、小さな頷きが返った。
「夏には子どもが生まれるらしい」
 そう報告しながら、彼は俺の頬にそっと触れる。節くれだってざらついた指の感触が心地よい。肌と肌の境界は、互いの存在の確かさを教えてくれる。これは、彼女のことを話すときの彼の癖だ。
 大昔、一度だけ俺が嫉妬じみた表情を浮かべて以来、ずっと続く習慣。
 今は昔の、遠い記憶の笑い話。
 崖下に打ち寄せる波の音とポーグたちの騒ぐ声が、冷たさを増した風に乗り谺(こだま)する
 日没が近い。今夜も冷えるだろう。
「帰ろう」
 彼が車椅子の向きを変えた。視界がめぐり、眼前には緩やかにくだる坂道が現れる。その先に佇むのは、私達の家。
 償いきれない罪を背負い、愛する者と共に生きる日々が幸福だなどと言えば、責められるだろうか。
 ふと背後で、彼が微笑む気配がした。