T.G.I.F

ファーストオーダー・エンジニアの朝は早く、夜はとんでもなく遅い。
ヒラ階級のそのまたヒラともなれば尚更だ。今日もシフト終了寸前に緊急要請が入り、ハックス将軍の私室のドアが故障したから直せときた。あと5分。あと5分で輝かしい週末が始まるはずだったのに。ふてくされながら、下層のエンジニアルームから上層階まではるばるエレベーターで上がり、プライベートエリアの入り口で許可を取り、一人用とは思えないほど広い廊下を進む。パッドで場所を確認しながら当該の部屋を探し、ドアを開けた。開けた瞬間、間違えたことに気付く。もう二つの隣の部屋で、これは将軍の寝室のドアだ。プライベートでなんでこんなに部屋数があるんだよと舌打ちする。どうせ今は誰もいないから良いものの、後で記録からバレたら叱られるぞ…と自分のバカさ加減を呪いながら 部屋を出ようと目を上げた、その刹那。
部屋の横手から二つの黒い影がもつれ合い、なだれ込んできた。
カイロ・レンと、アーミテイジ・ハックス。
最高指導者と、将軍。
俺みたいなヒラなど、一生この目で見ることは叶わないと思っていた雲の上の二人。二人とも黒づくめでシュッとしてて、さすがに貫禄があった。端的に言ってかっこいい。
ただ、問題なのはその先だった。
第一に、二人がなぜ、寝室にいるのか。
第二に、ええと、なんというか、その………なぜ、キスをしているのか。しかも舌が入ってる熱烈なやつを。
あまりのことにショートしかけていた俺の思考は、その先へは進めなかった。
なぜなら、カイロ・レンが将軍から唇を離し(俺の目が確かならば―――ああ、クソ!確かに決まってるだろ、俺は見たんだ!―――唾液が糸を引いていたし、将軍の舌はなんだか名残惜しそうにカイロ・レンの唇を後追いしていた。神よ!)俺に向けてぶんと掌を向けた、と思ったときには、俺は宙に浮いて一ミリも動けなくなっていたからだ。
身体が仰け反り天井が見える。息ができない。これがかの有名なフォース・チョークか。死んだなこりゃと思った。
そりゃあ、こんな現場目撃したら死ぬよな、とも。
どこか他人事のように納得しながら薄れ行く意識のなか、二人の会話が遠くで聞こえる。
「ま、まさか殺して」
「気絶させただけだ」
「私の兵士を粗末にしないで下さい、一人育成するのにどれだけ」
「うるさい」
そしてまた激しい息遣い。
嘘だろ、このまま続ける気かよ!
俺は心のなかで悲鳴をあげた。組織のお偉いさん二人がいちゃつく音を聞きながら死ぬなんて。よほど前世の行いが悪かったに違いない。窒息死は気絶するまでが苦しいが、死は眠っている間に訪れるので怖い死に方ではない、と聞いたことがある。俺は為す術なく、酸素の供給が絶たれるのを待った。
が。
何の因果か、俺には死も気絶も訪れなかった。
ただ身動きできない状態で空中に静止して取り残されていただけだった。
あの無慈悲なカイロ・レンともあろう者が、この程度の仕事を仕損じるなんて。信じられない気持ちでいっぱいだったが、二人のあの性急なキスを見れば分かる気はした。どんだけガッついてるんだよアンタら。不遜にもそう毒づきながら、本当は泣けるものなら泣きたかった。
二人の姿こそ見えないものの、服を脱ぎ捨てる衣擦れの音やら何やらの音でやたら盛り上がっているのはまざまざと伝わってくる。今や寝室中に二人の喘ぎ声が響き渡っている。
「ハックス………」
妙に切なげな声でカイロ・レンが将軍の名前を連呼しているのが聞こえる。こ、これは俗に言うおねだりというやつでは、などと下衆な勘繰りをしてしまう。ていうか最高指導者の方がねだる側なの?下克上なの?見えないだけに想像が膨らんでしまい、つらい。死にたい。
「自分で跨がったらどうです、“最高指導者”」
底意地の悪い将軍の言葉で、俺の死にたさは加速した。
この人たち、仲悪いんで有名だったのになとか、しかもカイロ・レンがボトムだったんだなとか、更に騎乗位かよ自分で動いてんのかよとか、ああ、助けて、もう知りたくない。
いっそ殺してくれ。
空中に糊付けされた平エンジニアの心の絶叫も虚しく、二人はとうとうおっぱじめやがった。いや、始まってる所に闖入したのが俺なんだけど。
今は絶賛フィーバー中の二人だが、事が済んでしまえば冷静さも戻ってくるだろう。そしたらどうなる?俺が気絶してないのがバレる。バレたらどうなる?確実に殺される。以上、証明終了。おしまいだ。ウーキーでもわかる。
生き残る方法を考えないといけない。そうだ、考えろ、考えろ………
「………ッ………ックス………ハックス………!」
必死にない脳みそを回転させている俺の耳に、最高指導者がなんてザマだよと喝を入れたくなる程に蕩けたカイロ・レンの甘い声が刺さる。うるさい!名前を連呼するのはやめろカイロレン!将軍もレンレンうるさい!呼び捨てなんて不敬罪で処されるぞ!

ていうか二人とも死ね!!!!!!

今思うに、このときの俺は発狂していたんだろう。
考えてもみてほしい。ベッドの軋む音、シーツの擦れる音、二人の嬌声、肉と肉がぶつかる音、あと何というか汁っぽい生々しい音。そんなものに囲まれて冷静でいられる方がどうかしている。
だってファースト・オーダーのNo.1とNo.2だぞ?俺にどうしろって言うんだ!
ぐるぐる回る頭で煮えているうちに、二人ともそろそろクライマックスに近づいていた。なんだかんだ言っても人間、生理現象の反応はそう変わらないらしい。
ひときわ高い声が響き、後には荒い息と静寂だけが残された。
俺の命もあと少しだ。もう少しマシな死に方したかった…。
覚悟を決め、観念する。せめて「何も聞こえませんでした」って顔だけはしよう、礼儀として、人として。
そんなことを考えながら、さあ来るぞ、殺しに来るぞ、と待ち受けていたのだが。
一向に「その時」は訪れなかった。

正直これ以上聞きたくないのだが、生存のために仕方なく耳を澄ます。と、どうやら一戦終えた二人は、何やら揉めているようだった。
冷たい将軍の声が言う。
「私はご命令とあらば何でもしますよ、最高指導者。死ねと言われれば死にます」
「趣味の悪いジョークはやめろ、面白くない」
カイロ・レンの舌打ち。
なんだか気の毒になってしまう。
どうも会話から察するに、この二人は昔からこんな仲だったようだ。(それも大概ショッキングだが。)それが、最近の人事異動で二人のパワーバランスが崩れてしまったのだろう。恋愛における権力というやつは、その力が強くなればなるほど厄介であることは間違いない。
ただ。それにしたって職場恋愛で上司と付き合う人間なんてごまんといるだろうに、わざと遜って拒絶しているんだから、ハックス将軍も意地が悪いというか性格が悪いというか。ひねくれ者だ。あるいは出世で先を越されて意地になっているのか。でもどっちにしろ、ハックス将軍は最高指導者という器じゃないような…。
俺の不敬な頭の中などお構いなしに、二人は揉め続ける。
「それで、次のご命令は」
「………とりあえずお前も脱げ」
「それはお断りします。緊急時に貴方をお守りできません」
「お前な………もう少し気の利いた言い訳を………」
ほんとだよ。
ていうか脱いでたのカイロレンだけだったのかよ。凄い画ヅラだな。
もう、俺に出来ることなどツッコミを入れることくらいだ。
「貴方の命令より、貴方の命が最優先事項です」
「もういい、わかった」
うんざりだと言わんばかりのカイロレン。立ち上がる気配がし、俺は大いに慌てた。待ってくれ、ケンカしないで。どちらかが(というかここは将軍の部屋なんだから、必然的にカイロレンが)部屋を出て行ったらゲームオーバーだ。
そんな俺の焦りなど知らず、カイロレンが部屋を行ったり来たりする気配がする。相当怒っているようだ。
「ハックス、これだけは言っておくが、誘ってきたのはお前なんだぞ!」
マジか。
「俺はもうやめようと言ったのに!それがこの態度か!もうウンザリだ!」
あ、これ別れ話になるパターンだぞ。そんな言い方したらダメだ。もうやめようって言ったの、最悪じゃないか。好きならそんなこと絶対言っちゃダメだ。絶対に。
「………私は、貴方の命令に」
「それ以外に言うことはないのか!」
ちがう、ちがうぞカイロレン。将軍は自分でも自分の気持ちを持て余しているんだ。多分。
段々、俺は自分の命など関係なく二人が心配になってきていた。声の端々に、相手への強い気持ちが滲み出ている。そんな二人が別れてしまうなんて、何だか悲しいじゃないか。
「………貴方は、卑怯だ」
先ほどまでの無感情さに罅が入り、震える声で将軍が言う。
「どっちがだ!俺はお前のためを思って―――」
激情にまかせてカイロレンが吼える。対抗するかのように将軍も叫ぶ。
「私の為?私に選択肢などもう残されていないのを承知で!では何故、何故この道を選んだのです?!私の為なんかじゃない、ご自分の為でしょう?最初に私から離れたのは、貴方だ!私じゃない!!」
「他に道はなかった!!」
「嘘だ!!」

想いあう気持ちは変わらないのに。選択や立場が、愛を妨げてしまうことがある。
主義や主張が邪魔をして、道が分かたれてしまう。
ただ、側にいてほしいだけなのに。
気持ちに素直になったとしても、一緒にいれば同じ事を繰り返す。
そして人は疲れて、食傷して、最後には別れる。
バカバカしいように聞こえるが、人生などその連続だ。
空中で静止したイルカショーのようになっている俺が言うのもなんだが。

「お前は、俺にどうしてほしいんだ」
「………私にとって、ファースト・オーダーは絶対、命です。組織を裏切ることは、私自身を否定することになる。貴方に要求など………ありません」
「………そういうことか」
カイロレンがベッドに戻り、腰掛ける気配がした。
沈黙。
二人の小さな息遣いだけが響く。
やがてカイロレンが静かに口を開いた。
「ハックス、命令だ。俺といろ」
きっぱりと迷いのない声をしていた。将軍が驚いて顔を上げた気配がする。
「俺はお前が欲しい。お前の意志など知るか。お前は俺のものだ。側にいろ」
「何を、急に」
「俺を信じられなくても、俺を憎んでいてもいい。ただ、離れるな。これは命令だ。ファースト・オーダー最高指導者である、カイロ・レンの」
「………」
「俺を殺しても良い。もし俺が、組織に有害になったときは。その袖に仕込んだナイフで刺し殺せ」
「………」
「ただ、腕は磨け。あまり鈍くさいと返り討ちにせざるを得ない。時機を見て上手く使うんだ」
「………」
「返事は」
「―――御意」
心なしか、ハックス将軍は安堵したようだった。
さっきまでの緊張感は雲散霧消している。そりゃあそうだろう。俺も正直ホッとしていた。命令をしたくない人間と、命令以外で動きたくない人間。どちらかが意地を張るのをやめるしかない。そして、それは権力を持つ方が折れるべきなのだ。それができない人間は、そもそも権力なんか持つべきじゃない。プライドと愛情の狭間で揺れ、不安定になっている将軍を安心させてやれるのは、カイロレンが成長するしかないではないか。今の方法なら、ハックス将軍に言い訳を与えてやることもできる。カイロレンは正しい選択をした。少なくとも現時点では、最良の。
やれやれ、何とか収まった。さすが最高指導者。やるときはやるじゃないか、やられる側だけどな!なんつってな!ガハハと俺は心で笑う。勿論死んだ目で。
「それから、もう一つ」
「はい、何なりと」
「今夜は俺に付き合え。一晩中だ」
なんと無骨な誘いだろう。しかしこれを聞いて俺は喝采した。とりあえず寿命は一晩延びたわけだ。その間に本当に気絶してしまえば、こっちのものだ。あとは失神するだけ。
「一晩では、足りないのでは?貴方は強欲だ、昔から」
急に妖しげな色を帯びた口調でハックス将軍が言う。さっきまであんなに取り乱していたのが嘘のようだ。この人独特の甘え方なのかもしれないな、と思い、俺は何で権力者達の閨での権力関係に詳しくなっているんだよ、とがっかりする。本当に、どうしてこうなった。
「強欲なのはお前もだろう」
カイロレンも嬉しそうだ。この人は軽くマゾなんだな。
「………言ったそばから」
こう、と将軍がナニかに口づける音がする。慣れた。俺は慣れたぞ。
「………ッ」
嬉しそうなカイロレンの吐息。
また形勢は逆転しつつあるらしい。荒い息が重なる気配がする。
ハックス将軍が言う。
「貴方はまだ、一番肝心のことを仰っておられない。一晩、私に何をしろと」
カイロレンが小さくクソ、と罵る。
「敬語をやめろ。それと―――俺をぐちゃぐちゃになるまで犯せ」
「御意」
「俺がやめろと言ってもだ。わかるな」
「仰せのままに」
二人が折り重なる気配と共に、こうしてまた寝室の空気は熱を帯びていく。

あとは失神するだけだ。
失神。
俺はそれだけを念仏のように繰り返し心に唱える。
ああ、神様。
週末は始まったばかりです。


(了)


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