好きだ好きだ好きだ – reprise –

手を繋がれた瞬間、心臓が跳ね上がった。しかし次に頭を過ったのは、懸念。
ブルックリンまで来れば知り合いはきっといない。ましてや平日の早朝。大丈夫、誰にも見られない。
そんなことを考えている自分に腹が立つ。腹立ちまぎれに彼の手を握り返すと、背後の緊張が一気に緩んだのがわかった。
後頭部あたりに痛いほどの視線を感じる。見なくてもわかる程に。
「何だよ」
「……べつに」
わざと不機嫌に問えば、答える声が既に笑いを含んでいる。にやけているに違いない。
しばらくそのまま、彼の手を引いて歩く。
冬の早朝のコニーアイランドに人気はあまりない。
カモメばかりが晴れた空を飛んでいる。
寂れた遊園地の遊具たちがカラフルを通り越して毒々しい。
繋いだ彼の手は暖かい。
どんな思いで、こいつは俺に手を伸ばしたんだろう。
ふとそう思う。俺は、彼に何をしてやれている。
急に立ち止まった俺に、彼がぶつかる。
「ちょ、アーミ、何」
抗議する彼の唇を、振り返りざまに自分のそれで塞いだ。贖罪のつもりだった。
それなのに、こんなときまで俺は周囲を確認していた。情けなくて涙が出そうだ。
雑念を振り切るように更に強く唇を押し付ける。彼が驚愕し、混乱し、次第に陶酔するのが手に取るようにわかる。まったく、忙しい奴だ。
しがみつくようにそっと俺の背に回された腕の暖かさを心から愛しく思う。
それなのに、俺は。
そのまましばらく抱き締めてから彼を解放すると、どこかぼんやりと夢見てでもいるかのような彼の顔が現れた。瞳が潤んでいる。
この瞳は卑怯だ。いつもそう思う。吸い込まれそうに美しい、澄んだ瞳。
「これで満足か?」
罪悪感と照れ臭さでいたたまれなくなり、そんなことを口走る。なんて言い種だよまったく、と自分に呆れる。自分でしたくてしたくせに。
「……別に隠してるわけじゃないんだぞ」
「……うん、知ってる」
「……そうか、ならいい」
嘘だ。
自分の声が糾弾する。
嘘つきめ、この腰抜け。
本当の所をこいつが知ったら、どう思うだろう。それとも既に見抜かれているんだろうか。
そうだったら良い、と、また都合の良いことを考えて自己嫌悪に陥る。
誤魔化すように、ほら、と手を伸ばすと、驚くほど強い力で握り返された。
胸が痛い。
「アーミ」
甘えるような恋人の声。この声を失いたくない。
「ん」
「お腹へったな」
その言い方があまりにも愛しくて、思わず笑ってしまう。
「色気より食い気かよ」
つられたように彼も笑う。その黒髪に縁取られた弾けるような笑顔を、ずっと見ていたいと思う。曇らせたくないと願う。
そのために、俺はもっと強くなるべきなんだろう。できるだろうか、この俺に。
「アーミ、あのさ」
俺の内心の葛藤など露知らず、子どものように繋いだ手をぶんぶんと回しながら彼が言う。
「帰ったらシージやろ」
「ハイハイ」
まるでガキだなと思いつつ、言われた途端、久しぶりにやるFPSを楽しみにしている自分に気づく。

俺は、こいつが、好きだ。

大切なことだ、きっと。忘れてはいけないこと。手の中にあるこの温もりを、決して離さないために。

今日は思いきり甘やかそう。せめてもの償いに。そう心に決めて、今にも歌い出しそうに上機嫌な恋人から前方に目を転じる。
俺の密かな決心に応えるかのように、巨大なホットドッグ屋が姿を現した。

(了)


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