ストロベリー・ムーン

「やった!俺の勝ち!」
「あーっ、畜生!」
「良いなあ、お前。けど誘う相手いるのかよ?」
「当たり前だろう?この日のために前から準備してた必殺の口説き文句があるんだ」
「うっわ、無理なやつだ……」

がやがやと騒ぎながら通りすぎるトルーパー達の一団を見送り、レンは傍らに控えていた団員の一人に、訝しげな視線を送った。

「騒がしいな」
「ああ、彼らですか」

応じる彼女の顔には、苦笑が浮かんでいる。

「今夜の現地勤務のシフト当番で、盛りあがっているようです」
「現地勤務?なにかあるのか」

自分の知らない戦闘でも予定されていたか、とレンが身構えると、団員は慌てたように手を振った。

「いえ、下らない伝承ですよ。惑星の地表から今夜の衛星を共にながめると、その人との永遠の愛が叶う、とかなんとか。ストロベリー・ムーンと呼ばれているそうです」

なにを馬鹿げたことを、という思いが顔に出たのか、レンの眉間の皺が深くなる。

「いかにも辺境の星らしい素朴な言いつたえですが、彼らにも多少の息抜きが必要なのでしょう。もし不都合があるようでしたら、止めさせるよう将軍に──」
「いや、いい」

気をきかせた彼女を遮り、レンは将軍を見遣った。
レンからかなり離れた所にあるテーブルで、彼はミタカともう一人の若い将校を交え、なにごとかを話し合っている。真剣な横顔からは、忙しさの気配が窺い知れた。

「俺たちが手を煩わせるようなことでもないだろう。それより、お前、今日はもう休め。御苦労だった」

ハックスに視線を固定したままレンがそう促すと、団員は静かに一礼し、そのまま下がっていった。
レンはぼんやりと会議のさまをながめる。
あの小僧、なんと言ったか。
ハックスの傍らに立つ若い男の名を思い出そうとし、すぐ諦める。最近ハックスが重用している青年だ。レンから見ればまだ子どもとも見えるが、後進の教育──というより、手駒の育成にはそれなりに熱心な将軍は、何くれとなく面倒を見てやっている。おそらくは“使える”人間なのだろう。
だったらその人間を使って、自分はもう少し休めばいいものを。

特にすることもないレンは、暇にあかせてハックスを観察した。
あいかわらずの青白い肌には、よく見れば隈も浮いている。通常運転で不健康そうだ。
ひとすじの乱れもなく撫でつけられた赤毛。
塵一つないアイロンのきいた制服。
ぴかぴかに光るブーツと手袋。
だがよく見れば、急激に身体の向きを変えたとき、動作がワンテンポ遅れる。貧血によるめまいだろう。これも通常運転だが、下手をすれば命にも関わる。
あいつ、寝てるのだろうか。薬はちゃんと飲んでいるのか。効いているのか。
問い質したいが、あいにくと今の地位に就いてから、その機会は激減した。役職が物理的な距離すらも隔てるなど、思いも寄らなかった。

それにしても、とレンはひそかに唇を尖らせる。これだけ長時間みつめていれば、普段の彼ならばもうレンの視線に気づいても良い頃あいだ。にもかかわらず、彼はこちらを見ようともしない。
なんだよ。無視かよ。
われながら理不尽な言いがかりだと思いながら、苛立ちが募っていく。彼らの表情を見れば、恐らくはそれどころではないというだけなのだろう。ミタカも青年将校も、真剣そのもので手も目も口も、すべて忙しく動かしている。
しかし、それでもレンは不満だった。
とうとう我慢できなくなり、レンはがばと立ち上がる。

「あとは任せたぞ」

誰ともなしにぶっきらぼうに告げると、巨大な作戦会議室のあちこちから、敬礼の声が飛んだ。さりげなくハックスをチラリと見ると、彼もまた直立不動で敬礼していた。
が、その表情には、何のサインも読み取れなかった。

§

だめだ、眠れない。
レンはがばりとベッドから身を起こす。
自室に戻ってから、すでに三時間が経過しようとしていた。
シャワーを二度も浴びたのに、一向に眠りは訪れようとしない。理由はわかりきっていた。

「ああ、もう!」

ハックスに会いたい。
しかし、なんと言えばいい。身体が疼いて眠れません、などとは口が裂けても言えない。
いや、そうじゃなくて。
何もしなくていい。ただ、少しの間でいい、彼に触れたかった。
一方的にしがみついているだけでもいい。

「俺だって、あんたと話したいのに……」

だだっ子のような本音が漏れる。
レンが最高指導者となった今、ハックスだってそう簡単にはレンを呼びつけられない、それは理解しているつもりだ。でも、じゃあどのツラ下げて彼の部屋を訪れればいいのか。万が一にでも疲れているからなどと拒まれたときのことを考えるだけで、レンの高いプライドは惨めさで爆発しそうになった。
頭をぐしゃぐしゃと掻き毟る。

「クソ、しっかりしろ、最高指導者!」

ばしんばしんと自分の両頬を張れば、よけいに目が冴えてまた頭を抱え、ベッドに再び倒れ込む。
ひとり悶々としていたレンだったが、やがてふと、さきほど団員と交わした会話を思い出した。
ストロベリー・ムーン。
≪惑星の地表から今夜の衛星を共にながめると、その人との永遠の愛が叶う≫
永遠の愛。
を、得るための、シャトル・デート。
なんてどうだろう。

「……行ける」

──完璧だ。
レンはむくりと起き上がると、身支度を始めた。

§

誰にも見つからないように、将軍のプライベート・エリアに到達するのも、もはや手慣れたものだ。我ながらしょうもないことがうまくなったと呆れつつ、記録の残らない専用のパスコードを打ち込む。音もなく開いたエリアドアを滑るように抜け、ドロイドたちを無視して寝室目指してまっすぐ進んだ。
バスルームの前を通りすぎるとき、シャワーの音が聞こえた。
俺も一緒に入ろうか。いやでも三回はさすがにアホか。
一瞬そんなことを考えながら寝室のドアを開けようとしたとき、寝室で何か音が聞こえた、気がした。
え?
だ、誰か、いる?
レンの手がとまる。
自分の他にはだれもいないと決めてかかって来たが、よくよく考えてみれば、何もここはハックスしか出入りしないわけではない。
誰にも聞かれたくない政治交渉は、彼のこの私室でやっているはずだ。
もし今、まさにそれをやっていたら?
何の説明もなしにいきなり最高指導者がのこのこやって来る事態を、どう説明する?
お、落ち着け。勘違いかもしれない。
レンは深呼吸をしてじっと耳を澄ます。──何も聞こえない。
気配もない。それに来客を放っておいて、シャワーなど浴びないだろう。ただの勘違いか、と思い、いや、でも、と躊躇する。
もし、ベッドに“別の誰か”がいたら?
あるいはシャワーを浴びているのが、別の誰か、だったら……?
次から次へと雪だるま式に嫌な想像が展開され、レンは雷に打たれたようにその場から動けなくなった。
不意に、ハックスと親しげに話していた将校の横顔を思い出す。
いかにも彼が好みそうな、特徴のない整った顔立ち。
背はハックスより少し低かったが、体格はがっしりしていた。青年が彼に良く懐いていることは、彼に向ける熱心な眼差しから容易に知れた。
そういえば、あいつら距離が近くなかったか?
根拠のない疑念が頭をもたげ、レンは深呼吸する。
待て。落ち着け。
仮に、もしそうだとしたら、どっちが下だ?違う、そんなことはどうでもいい(よくない)、それより俺が口を出す権利はあるのか?奴が身体を使ってコネを勝ち取るのは黙認してきた俺が、いまさら浮気だ何だと騒ぎたてたところで、それって意味が──

「おい、こんなところで何やってる」
「うわあ!」

突然背後から声を掛けられ、レンは十センチほど地面から浮いた。
髪から水を滴らせ、バスローブの前をはだけたハックスが、薄気味悪そうにレンを見ていた。

「……貴様、さっきから何ひとりでブツブツ言ってるんだ、気持ち悪い」
「は、ハックしゅ」

驚きのあまり、レンの声は裏返っていた。呂律すら回っていない。

「入るんならさっさと入れ馬鹿」
「あ、え?──い、いいのか?」

ぎょっとして目を剥くと、ハックスは呆れたような声を出した。

「いまさら何言ってんだ……本当にどうした?」

そういいながらドアを開き、ほれ、と顎をしゃくる。
レンがもたもたしていると、付き合いきれん、といった様子でさっさとレンを追い越して中に入っていった。すれ違いざま、もわりとした熱い湿気と、かすかなジャスミンの香りが漂う。
レンは、恐る恐る部屋の中を覗き込む。

そこには、ハックス以外、誰もいなかった。

ほっと胸をなで下ろし、ようやく部屋に歩み入る。
そんなレンを、ハックスはゴミを見るような目で一瞥すると、どさりとソファに腰掛けた。そしてテーブルの脇に備え付けられたミニバーから無造作にグラスを取り出し、手早く氷を入れ、ウィスキーの壜を注ぐ。濃厚な林檎の香りが広がる。できあがったオン・ザ・ロックのうち、一つ口に運びつつ、もう一つはレンの方に滑らせてきた。
グラスの中で、氷がカラリと涼しげな音を鳴らした。

「……俺、ウィスキーは飲めないってば」

苦虫をかみつぶしたような顔で応えるレンに、ハックスは諭すように言う。

「少しは練習しとけ。何かで必要になるかもしれない。ファースト・オーダーの最高指導者は酒も飲めないとバカにされかねんぞ」

その口調は、なにひとつまったく変わっていない。いつもの彼だ。
昔ならうるさいと反発するような説教を、こんなに嬉しく思う日が来るとは思わなかった。ほっと安堵の胸をなで下ろし、ようやくレンはハックスの隣に腰掛ける。
馴染みのアイスブルーのソファに身を沈めると、渋々グラスに手を伸ばし、息を止めて一口啜った。なんともいえないとろりとした喉ごしに顔を顰めていると、ハックスがくすくすと笑う。今更ながら、その顎にうっすらと無精髭が生えているのを見つけ、レンは仰天した。

「お、おい、あんた、髭生えてるぞ」
「うるせえ、知るか。死ぬほど忙しいんだ俺は」

お前と違ってな、と憎々しげに言うハックスは、もはや言葉遣いすら“お行儀”を放棄している。相当疲れているらしい。

「それよりお前、さっきはどうした。ドアの前に突っ立って。心臓が止まるかと思ったぞ」
「……べ、別に。何でもない」
「まあ、どうせまた碌でもないこと考えてたんだろうが」
「だから、なんでもないって」

過剰に疑心暗鬼になっていたさっきまでの自分を思い出し、レンは赤面した。
しかしハックスは珍しくそれ以上追及せず、ふーんそうか、などと言いながらグラスを傾けている。

「で?」
「で?って、何──あ、ち、ちが!ちょっ、待……っハ……ックス!」

すべてを答え終わる前に、ああもう面倒だと言わんばかり覆い被さってきたハックスに、レンは思わず全力で抵抗していた。無精髭のちくちくした感触を鎖骨のあたりに感じながら、あれ、違わないんじゃなかったか?これでいいんじゃないか?と頭の片隅で考える。

「違う?本気か?人が死ぬ気で働いてるときに、あんな物欲しげな視線送ってきておいて」
「あ、あの、アッ、す、す……」
「……“す”?」
「すとろ、べり、むーん……ッ」

もはや自分でも訳がわからなくなりながら、レンは必死に弁明する。

「きょ、の、地表で、あっ、見ると、ん…ッ、衛星……」
「……?……ああ。ストロベリー・ムーンな」

レンのきれぎれの言葉をようやく理解したハックスが、肌をねぶるのをやめてようやく身を起こす。
ほっとしたような、寂しいような、複雑な感情でレンはハックスを見た。

「トルーパー達が騒いでたやつか」
「そう、それ。それ、見に行かないか、って」

襟元を閉め直して起き上がりながら、レンはぶんぶんと頷く。

「今からか?」

ハックスが素っ頓狂な声を上げた。

「なあ、いいだろハックス。最近ぜんぜん二人きりで話もしてないし、たまには……」
「話なら今ここでできるだろ」
「いや、そうだけど!そうなんだけど、そうじゃなくて!」
「永遠の愛、か?」

ずばり指摘されて、レンはぐっと詰まる。
そんなレンを半目で見ていたハックスは、仕方ないな、とつぶやくと腰を上げた。

「行ってくれるのか?」

しかし期待に目を輝かせるレンには答えず、ハックスはごそごそと何かを取り出す。
やがてほいと手渡されたのは、なんの変哲もないデータパッドだった。

「……何これ」
「ほらよ」

ハックスは言うが早いか、キーを叩いた。
レンの手の上で、ホログラムが映し出される。

「お前の見たい衛星は、これだ」

レンは、目の前に浮かぶホログラムをじっと見つめた。
青い光線で浮かび上がったそれは、味もそっけもない、ただの球体の立体映像だ。

「よかったな、レン。二人で見られたな」

へらへらと笑うハックスを、レンは呆然とみつめた。
データパッドを持つ手がわなわなと震える。

「……いい」
「これで俺たちの愛は永遠──ん?」
「もういい!!!!」

レンは大声で怒鳴ると、ハックスにデータパッドを投げつけた。パッドはハックスの手許を掠めて、ウィスキー入りのグラスにぶつかる。派手な音とともにガラスが砕け散り、琥珀色の液体が辺り一帯に飛び散る。
ハックスが咄嗟に身を竦ませて叫んだ。

「痛て!レン、何すん──」
「そうだよな!あんたにとってはどうでもいいことだよな!どうせ、俺は役立たずのお飾り指導者だよ!」
「はぁ?!おい、ちょっと冗談言っただけだろ、なに本気にして」
「面白くもなんともない!!あんたなんか知るか!!何が愛だよ、ふざけんな!!あのなんとかいうガキとよろしくやってろ、このクソ野郎!!!!!!!」
「おい、おい、レン、ちょっと、落ち、落ち着けって」
「うるさい!ハックスのばか!死ね!!!!!!!」

癇癪を爆発させて泣きながら、レンはハックスに手当たり次第ものを投げつけた。

「ま、待てって……やめろ、よせ」

飛んできた大量のクッションや本から身を守りながら、ハックスが身体を丸める。

「おい!レン!いい加減にしろ!!」
「俺だってあんたと話がしたいんだ!!!!そう思って何が悪い!!!!それとも何か、あんたセックス以外に用はないのか、ええ?!?!?!」
「誰もそんなこと言ってないだろうが!少し冷静になれ、このクソガキ!!!」

たまりかねたハックスが叫ぶ。
とうとう投げるものがなくなったレンは、両手をだらりと下げ、うわあああ、と声を上げて泣いた。

「俺は……ただ……あんたと……話が…………」

ようやく安全になったと判断したハックスが、そろそろと身体を伸ばす。
割れたグラスを踏まないように気をつけながら、べそをかいているレンのところまでやって来る。
少し迷ってから、ハックスはレンの背中を撫でた。

「──落ち着いたか?」

レンは答えない。ただ俯いて泣き続けている。そんなレンを見て、ハックスは大きく溜息をついた。

「冗談がすぎたのは悪かった。やり過ぎだったよ。謝る」

そう言いながら、項垂れる大男を抱き寄せる。レンがひしとしがみつくのを、よしよしとあやす。

「俺……あんたに会いたいのに……どうしていいか、わかんなくて……」

えぐえぐとしゃくり上げながら弁明するレンに、ハックスはうんうんと頷く。

「そうか。それで来てくれたんだな」
「……あんま、調子、よくなさそうだし。心配で……」
「うん、ありがとう」
「…………ごめん………」
「いいよ」
「ごめんなさい……」
「いいって」
「……グラスも、ごめん、割って」
「どうでもいい。ドロイドが片付ける」
「怪我は……?」
「平気だ。何年お前と付き合ってると思ってんだ。身の交わし方くらい承知だ」
「何しに来たんだろ、俺……」

レンが鼻水をすすりながらそうつぶやいた途端、ハックスが噴き出した。
つられてレンも笑う。
しばらく二人で額を突きつけて笑い合う。

ハックスが、口調を改めて切り出した。

「なあ、あのな、レン。正直にいうと、な」
「うん」
「実は俺、今日はもう、その──」

しばし言い淀み、続ける。

「体力が、ないんだ。何もする気が起きない」
「……うん」
「だから、その、実は、あんまり……」
「……したくない?」
「まあ、うん、そうだ」

バツが悪そうに言う。

「ぜんぜんいいのに。俺、あんたに会いに来ただけだから」
「そう、みたいだな。早合点して悪かったよ」
「俺こそ、疲れてるのに、勝手なことばっか言って。ほんとごめん」
「いや。俺も悪かった。だからもうこの話は終わりだ。それでいいな?」

そう言うと、レンはこくりと頷いた。

「ハックス」
「何だ」
「その……一緒に、寝ても、いいか?」
「むしろ帰るって言ったら怒るぞ」
「寝るとき、髭、さわっててもいい?」
「いいよ」

どちらからともなく、手を繋いで寝室まで移動する。
ベッドに潜り込んだとき、ハックスがふわ、と猫のようなあくびをし、レンがあれ、と首を傾げた。

「ハックス。もしかして眠れそう?」
「ん。なんか、急にな」

答えながら、さらにあくびを連発する。

「めずらしい……本当に疲れてるんだな」

それなのに俺、とまたぐずつき始めるレンの頭を撫でると、ハックスはレンの腕に頭を載せ、上機嫌の笑みを見せた。

「いや、そうとは限らん」
「?どういうこと?」

不思議そうに尋ねるレンの耳元に唇を寄せて、ハックスがひそひそと囁く。

「あまりにも変わってないお前を見て、安心したんだろ」

レンの顔がみるみるうちに赤くなる。

「……なに、それ……どういう意味……」
「あれ?髭いいのか?」
「え、あ、触る──って、話逸らすなよ」

ちゃっかり手を伸ばしてしょりしょりと顎を撫でながら、レンは抗議する。

「ああ、眠い。久しぶりに眠い。寝るぞ。邪魔をするなよ」

が、ハックスはニヤリと笑うと、目を閉じてしまった。

「ウッ……ずるい……」

しばらく静寂が訪れる。寝室には、ときおりレンがハックスの顎を撫でるしょり、という間抜けな音だけが響いた。
──もしかして、本当に寝たのか?寝られたのか?
ハックスの呼吸を聞きながら、レンはそっと彼の寝顔を確かめようと首を伸ばした、その時。
唐突にハックスが、はっきりした声で告げた。

「永遠の愛なんて、とっくにここにあるだろうが、このバカ」
「?!」

それだけ言うと、ハックスはまた寝息を立て始めた。
──い、いいい、いまの、寝言???
慌てて顔を覗き込むも、暗くてよく見えない。
──ハックスがあんなこと、い、言うわけ、ない、よな……。
レンの心臓が早鐘のように鳴る。
ハックスの胸は、規則正しく上下し、赤毛のまるい頭も一緒に揺れ動く。
ストロベリー・ムーン。
急に胸がいっぱいになり、レンは寄り添うように眠る恋人を、そっとその胸に抱き寄せる。

「うん、そうだね」

こそりと囁くと、腕の中の赤い月が満足そうに頷いた。
気が、した。

<fin.>


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