Sunday Sunday

「家具を組み立てたい」
 日曜日の朝、目の前にレンが供したシリアルボウルを完全無視し、寝ぼけ眼で珈琲をすすっていたアーミテイジが、何の脈絡もなくそう言ったとき、レンはすぐに「ウッドブリッジなら車で30分くらいだよ」と答えた。そして、その答えに、アーミテイジは曖昧に頷いた。
 この会話を翻訳すると、「とくに必要なものではないが、家具を組み立てるという行為をしたくなったので、どうにかしろ」「ウッドブリッジに北欧発の某大型家具量販店がある。電車で行けないこともないけれど、たまにはドライブさせてくれ」「任せた」となるのだろう。さらに、もっと噛み砕けば「家具云々は言い訳で、久しぶりにドライブデートがしたい(けど恥ずかしいからそうは言わない)」「いいね」「やった」くらいの意味になる。

 そういうわけで、いま二人は、ワシントンDCからウッド・ブリッジにむけて走る車内にいる。
 晴れわたった夏の青空がまぶしい。
 きらきらと光を反射する川沿いの緑道を、ジョガーたちがリラックスしたムードで走っている。ときおり、散歩する犬や老人がまじる。
 日曜の朝は、道路もがら空きだった。レンの荒い運転も、さほど問題にならないほどだ。
「お前、そういうTシャツどこで買うの」
 のどかな午前中の景色が飛ぶように後方に流れていくのを、車の窓越ごしにぼうっとながめていたアーミテイジが、顔は窓の外に向けたまま、唐突に言った。
 レンの白いTシャツの胸には、でかでかとプレデターの写真がプリントされている。しかし何故か、その横には〝I AM THE LAW〟と蛍光ピンクの文字が入っていた。
「インターネット。かっこいいだろ。欲しい?」
「くれてもいらない」
「じゃあ今度ね。アーミのは文字が緑のやつにしよう。おそろだね」
「……」
 うふふ、と笑いながら、レンが乱暴にハンドルを切る。二人のからだが大きく揺れた。が、もはやアーミテイジも慣れきった様子で、文句のひとつも言わない。
 ゆるゆるとした静かな車内には、カーステから流れる音楽だけが鳴っている。
 プレイリストはアーミテイジのお気に入りだ。
 出発前に散々揉めた。
 「運転するのは俺なんだから、俺が楽しめる曲を流すべきだ」と主張したレンだったが、対するアーミテイジの「運転はお前の趣味だろうが、音楽は俺に譲れ」という強硬な反対にあい、押し切られた。実際は「日曜の朝から、疲れ切ったビジネスマンにグラインドコアを聴かせる気か。年寄りを労れ」の言葉が効いたのだろうとアーミテイジは踏んでいた。
 すがすがしいピアノのインストが終わり、曲が切り替わる。キラキラでぺらぺらなシンセサイザーが流れだす。ゆったりしたテンポに合わせて、アーミテイジがちいさく指でリズムをとる。けだるげに女性が歌いだす。

 理由もわからずに
 あなたのドアを叩いていた
 なぜだろう
 でも、もう待てなかった

「あ、これ。このバンド、好きだよ、俺」
 レンが嬉しそうな声をあげた。
「お前が好きなのはツイン・ピークスだろ」
 苦笑するアーミテイジに、レンも笑顔を返す。
「ちがうって。アーミが聴いてて、俺も好きになったの!」
「最初に聴いたときは“寝そう”って言ってたくせに」
「まあ、正直、今も寝そうには、なる」
 やめろよな、寝ないよ、と二人して笑い合う。

 知ってるでしょう、愛はけっしてうまくいかない
 計画したとおりには

 ふいに、まろやかな女声ヴォーカルに、低い男の掠れた歌声がまじった。
 驚いたレンが、思わず助手席を見る。
 アーミテイジが歌っていた。
 その声は意外なほどにやさしく、そしてやわらかかった。

  でも、ドアはまだ開いてる
  だから手をとって
  手を差し伸べて
  私の手をとって

 ふわふわと夢見心地のヴォーカルに寄り添うように、つぶやき、きれぎれに歌うアーミテイジは、自分が歌っていることにも、気がついていないようだ。
「レン、窓開けていいか?」
 不意にアーミテイジが言い、レンは少しだけ慌てた。
「う、うん。待って、開けるよ」
 アーミテイジの側の窓を、ほんの少しだけひらく。
 車内に風が吹き込み、夏の風のにおいが充ちる。
 彼の赤毛がひよひよとそよぎ、日の光に透けた。
 まぶしそうに目を細めながら、楽しそうに歌う恋人。
 ――ああ、綺麗だ。
 詩を書けそうだ。あとでメモを取らなきゃ。
 そう思いながら、レンはにっこりとほほえむ。
「着いたらソフトクリーム食いてえ。青と白のやつ」
「いいけどさあ、ご飯もちゃんと食べなきゃダメだよ」
「それ、お前がホットドッグ食いたいってだけだろ」
「残念、今日はミートボールの気分なんだな。――あ、そうだ、ニシンの酢漬けとチーズ買って帰ろう」
「クッキーも。ジャムのやつ。チョコはやだ」
「ええ……またお菓子……」
 だらだらと下らない会話を続けながら、アーミもう歌わないのかな、もっと聴きたかったな、などとレンが思いかけていたとき、また音楽が切り替わった。一変して重くノイジーなギターが鳴り響き、男臭い声ががなりはじめた途端、レンの顔がパッと明るくなる。
「え! ロブ・ゾンビ! いつの間に?!」
「あー……実はこないだ、お前の部屋にあったCD、勝手に聴いた」
 気まずそうに目を逸らすアーミテイジに、レンはきらきらと目を輝かせる。
「マジで? 気に入ったの? 他の貸そっか?」
「いらねえよ!」
「遠慮するなよ、な、な!」
「だー、もう、鬱陶しい、懐(なつ)くな! 前見て運転しろ!」
 
 大好きな人と過ごす休日は、まだ始まったばかり。