二人のボスと、その側近

 またか。
 平穏な旗艦の通路に無造作に転がる兵士の死体を発見し、ファズマは顔色を変えて駆け寄った。
 屈み込み、遺体の顔を確認する。見開かれた青い瞳。短く切り揃えられた金髪。特徴はないが、端正な顔立ち。明らかに「将軍親衛隊」の士官だ。
 アーミテイジの周囲には、常にこのような若い士官が数人いる。全員、小回りが利く程度には賢く、自身の使命に疑いを持たない程度には愚鈍で、皆一様に見映えがする。ファースト・オーダーの広報活動にも頻繁に登場する、いかにもアーミティジ好みな男たち。将軍親衛隊と若干の揶揄を込めて呼ばれる彼らは、要するに使い勝手の良い、彼の捨て駒予備軍だった。
 その親衛隊から死人が出るのは今月に入って三人目。当初は謀殺が疑われ、アーミテイジが顔を引き攣らせて調査を命じていたせいもあって、ファズマも神経質になっていた。今の今まで。
 しかし、ファズマは今、至って平静だった。
 士官の胸に刻まれた傷痕を凝視する。あからさまにライトセーバーの痕跡だ。
 ――そういうことか。
 先ほどまでの焦燥が急激に冷めていく。代わりに倦怠感が胸にじわじわとこみ上げのを感じながら、彼女は静かにコムリンクに手を伸ばした。
「こちらファズマ。A2通路にて親衛隊士官の遺体を発見。ID確認および清掃ドロイドを要請する」
 すぐに応答がある。
「了解しました。しかし、お言葉ですが、清掃ドロイドのみですか? 調査班は……」
 当然の疑問だ。連続殺人がまた起きたのに、調査を要請しないのだから。ファズマは少しの躊躇ののち、正直に話すことにした。どうせ露見するなら、少しでも早いほうがいいだろう。
「一連の親衛隊殺害だが、SLD案件の疑いが濃い。捜査は打ち切れ。将軍に近い関係者には、警戒しろと伝えろ」
「り、了解しました」
 あからさまに動揺しつつ、プロらしくそれを隠して応答するオペレーターの対応に思わず苦笑し、心で語り掛ける。わかるよ、と。
 そんな気持ちが気安さとなったのか、思わず蛇足する。
「まあ承知だろうが、つまりは今後も荒れるということだ。覚悟しろ」
「……了解しました」
「頼むぞ。通信終了」
 何もかも承知といった風情のオペレーターとの、奇妙な連帯を断ち切るように通信を切り、ファズマは頭を振りつつ立ち上がる。
 最高指導者スプリームリーダー災害ディザスター、通称SLD。
 最高指導者の機嫌で引き起こされる事件を指すコードだが、近ごろは圧倒的に対アーミティジ絡みで起こりやすく、もはや二人の痴話喧嘩を指す隠語と化している節すらある。そのとおり、要は痴話喧嘩なのだ。
 そういえば先日の会議で、親衛隊を重用しすぎるなと最高指導者が将軍を詰める場面があったな、とファズマは苦々しく思い出す。となれば、今回の原因はまず間違いなくあれだ。浮気(と彼が思い込んでいる)相手を殺して警告したは良いが、当の将軍本人がいっこうにメッセージに気づかないので、業を煮やして自らの痕跡を残したのだろう。まったく、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
 ――アーミテイジめ、一体いつまでこんな子どもを放置する気だ。
 ファズマは苛立つ。野良犬とてもう少しマシな分別を持つだろうに。ましてや飼い主はあの男だ。その気になれば御せぬでもあるまいに、何故そうまでして甘やかす。
 ――飼い殺すつもりと見ていたが、存外、本気か。
 本気? あの男が?
 自分の考えに思わぬ動揺を覚え、ファズマはあわてて疑念を打ち消した。余計な詮索は死を招くだけだ。私は自分の仕事に専念すれば良い。胸に走ったかすかな痛みから目を逸らすのは、欺瞞ではない。生存戦略だ、と自分に言い聞かせながら。
 それに、あの二人がふざけた遊びで共倒れするなら、それも悪くない。内心で小さくほくそ笑みもする。
 ――そう。大事なのは、生き延びること。
 一時の感情など、生死に比べれば取るに足りぬ。
 床に転がる憐れな感情の犠牲者に一瞥をくれると、ファズマはマントを翻し、踵を返した。
 黒の裏の深紅が、ひらり、閃き、すぐ、消えた。