Go ahead, make my day – Well, do ya, punk ?

ハックスの機嫌は、最高に良かった。少なくとも、この時点では。
なぜなら、執念を燃やしていた新兵器の開発が軌道に乗ったのだから。
こんなに嬉しいことはなかった。

倫理に反するだの対外的にどうだのといちゃもんを付けてきたバカ共の顔は、思いだすだに腹立たしい。
人道?馬鹿馬鹿しい。思想もなくただ呼吸するだけの糞袋共が減ったところで、いったい誰が気にするというのだ。銀河の進歩と調和に貢献できるのだ、感謝されてしかるべきだろう。

──だが奴らも、この結果を見れば掌を返すだろう。

汚い部分を引き受けたくないだけの、覚悟もない俗物連中が。
ハックスは皮肉げに口もとを歪める。
いいとも、非難も侮蔑も、俺がすべて引き受けてやるさ。
だがな。

──その代わり、すべてを頂くのも、この俺だ。

この祝すべき事態を、かつてなら一人自室で祝っていただろう。
だが、今は一人だけ、耳に入れたいヤツがいる。無線でよびつけてもいいが、たまには直接迎えに行って驚かせるのも愉しい。
柄にもなく浮き足だったハックスは、勢い込んで扉を開いた。

「レン!」

しかし彼を出迎えたのは、仏頂面の無口な大男などではなく、しんとしずまり帰った部屋だった。

「……あれ。いないのか」

主不在の部屋を見渡す。どこにも人の気配はない。一気に気が抜けたが、すぐさま「あ、俺の部屋か」と思い当たった。
彼は最近、ハックスの部屋の居候と化している。むしろ何故、ここにいると思ったのだろうか。

「浮かれすぎか、俺」

自嘲し、ハックスは改めてレンの部屋を見渡した。
この部屋は苦手だ。
辛気くさい遺灰に、死人の装備品。
俺もたいがい悪趣味だが、奴のセンチメンタルぐあいも相当だ。
真偽のほどもあやしいガラクタに傅くレンを見るたび、歯がゆい想いに駆られる。
お前は過去の遺物にすがるような程度の男なのか、俺の隣に立つ男が、そんなことでどうする、と。
しかし、あれは彼の肉親でもある。そう考えれば不憫とも言えるし、ハックスの口出しすべき領域でもないのだろう。

「孫が可愛いと思うなら、フォースだかなんだかで支えてやれよ、じいさん」

浮かれた気分も手伝って、こちらを見つめる物言わぬマスクにべえと舌を出し、ハックスは捨て台詞を吐いた。

いないとなれば長居は無用、さっさと退散しようと踵を返そうとしたハックスのブーツが、落ちていた何かを踏んだ。
怪訝そうに足元に屈み込んで拾い上げれば、一枚の写真だった。

「これ……もしかして俺か?」

それが自分の身体の一部を大写しにした写真だと気づくのには、本人でも少し時間を要した。手袋とコートの隙間からわずかに覗いた手首。なまっちろい肌が、一面に大写しになっている。

「何だ、これは」

いったいどこから飛んできたのかと頭を巡らせば、ベッド脇に乱雑に積み上げた本からこぼれおちた写真群の一部なのだと知れた。
おそらく、普段は本に挟まれている写真が、本を閉じるときの風圧で飛んでしまったのだろう。
ベッド近くの床には、さらに数枚、写真が散らばっていた。
好奇心に駆られ、ハックスはつい歩み寄る。

写真はどれも、ハックスがなにかの拍子に見せた肌の一部を隠し撮りし、大きく引き延ばしたものだった
一体それがナニに使われていたのかを男の勘で察知したハックスは、事情を把握して思わず笑い声をあげる。

普段鉄壁の守りを誇る彼の肌チラを捉えるのは、なかなかに難しい作業のはずだが、執拗にその瞬間を狙い続ける病的なファンがいることは、ハックスも把握してはいた。
まあ、そんな輩もいるかと気にも留めていなかったが、まさか顧客の一人が己の恋人だったとは。

「あいつ、こんなもんで抜いてんのか。アホか」

直接頼めばいくらでもくれてやるのに。それも、もっと刺激の強いものを。

──まあ、あいつの性格だ。無理だよな。

込み上げるかわいいという気持ちと、事故とは言え勝手に彼の秘密を覗いてしまった後ろめたさで、ハックスは困り顔になった。
何も見なかったことにしよう。
そう思ったとき、さらに積み上げられた本のタイトルが目に付いてしまった。

『童貞の疑問を解決する本』
『オクテ男子のための恋愛講座』
『特集 脱童貞!』

「…………おう」

思わず真顔になる。
時々深刻な顔をしてこちらを見ているから、何かあるとは思っていたが、なるほど、そうか。

──あいつも、色々悩みがあるんだな。主にシモの。

そのうちこれらのハウツー本の成果を見せつけられる日が(そして大惨事になる日が)来るのか。そりゃあ楽しみだ。
クスクス笑っていたハックスだったが、不意にあることに気がつき、愕然とした。

──待てよ。別に、相手が俺とはかぎらないんじゃないか?

既に二人の役割は、固定されたも同然のような状態になっている。
ハックス自身もレンに抱かれてやる気はさらさらない、いや、なかった、と言うべきか。
きっとレンも同じだろう。
そして、あのレンのことだ。思い込んだら爆走する。
俺を抱けないと決めつけ、他に相手を探すかもしれない。

“他に”。

その言葉が赤字で線を引かれたように、脳内いっぱいに広がった。
それと同時に、なにか形容しがたい巨大な感情が自分の中に生まれた。
目の前がまっくらになる。

──こ、これは……なんだ。
──まさか。

──嫉妬……か……?

彼に抱かれる、“他の”誰か。
それが男か女か、人間かも判らないが、とにかく“俺ではない”誰か。
その人物に、殺意に近い激情を覚えている自分に動揺する。

愛情とセックスは別のものだ。連動する者もいるだろうが、少なくとも自分には縁のない感情の動きだ。
ずっとそう思っていた。
しかし、彼が初めて積極的に性欲を向ける相手に、彼はどんな顔を見せる?
どんな感情を抱く?
慈しみの気持ちが、そこにはあるのだろうか。
──ああ、あるだろう。
他の誰でもない、あいつのことだ。きっと優しくする。大切に扱う。
──だからなんだ。そんなの、俺には関係ない。
あいつの感情が、俺じゃない誰かに向けられたからと言って、俺への気持ちが目減りするわけではない。
わかってる。そんなことは百も承知だ。だが

「り、理屈じゃない!」

この世で最も忌み嫌う言葉が、するりと己の口から放出された事実に、ハックスは軽くパニックに陥った。
しかし彼の頭の中は、もはや「嫌だ」という感情に満ちあふれ、他の言葉が入る余地がなかった。

──忘れろ。見なかったことにするんだ。

乱れる心を必死に抑え、ハックスは深く深呼吸をする。

感情を深追いするな。
考えずに、いつもどおりの俺でいろ。
軽薄にふるまえ。
クズのお前だ、簡単だろう?

──ああ、簡単だ。

もう一度、深く呼吸する。吸って。吸って。吐いて。
やがてハックスはゆっくりと面をあげ、ゆったりとした足どりでレンの部屋を立ち去った。

己の部屋に帰る前に、食堂に立ち寄って、ワインを一本かっぱらう。
プライベート・エリアに入るやいなや封を切り、喇叭飲みしながら寝室に向かった。

§

「わかるか、綺麗に蒸発したんだ、人間だけが!ああ、お前にも見せたかったぞ!汚い死体を片付ける必要もない、建物が壊れることもない。人間だけを消せる理想的な兵器の誕生に、また一歩近づいたんだ。これぞ科学の勝利と言わずしてなんと言う!」

退屈そうなレンの様子を尻目に、ハックスは兵器の素晴らしさを語り続けた。
不安を払拭するように。
良いことだけに目を向けるように。

しかし彼の努力も空しく、心は乱れ、思考はあちこちに飛んだ。

(あいつの感情を、すべて独占したい)
(あいつの全てを、俺の掌中に納めたい)
(俺以外の誰かに少しでも欲望を覚えてみろ、殺してやる)
(だったら奪ってしまえばいい、簡単だろう?)

「こないだのやつとなにが違うんだよ」
「β版か?あれは行為者の動きがどうにも不自然で、操作してるのがバレバレだったんだ。警戒されやすい上に成功率も40%という微妙さでな。オマケに、失敗すると必ず爆発しちまう。6割の確率で四散した人体を片付ける必要があるのは、さすがに非効率だろう?人材の消耗も半端ないし……」

(そんなふうにレンを縛りたくない)
(綺麗事言いやがって)
(綺麗事じゃない。本当だ)
(じゃあさっさと抱かれてやれよ)

「そういうのも、人材っていうのか?」
「とにかく、第一の関門はクリアできたわけだ。ただ、被験者を操縦する人間が二人必要っていうのは問題だよな。モニタリングの方法ももう少し考えなきゃならん。調達はまあそこらへんのクズや捕虜使えばいいとして、エネルギーに割く……」

(嫌だ。だって……)
(だって?“だって”何だ?)
(また泣き言か、“出来損ないのアーミテイジ”)

ああ、そうだ。
だって。

怖い。

もし、レンが、俺に溺れたら。
「あの顔」をするようになってしまったら。
今まで自分を抱いてきた男たちの顔が次々に脳裏に甦り、ハックスの心は泣き声をあげた。

あのゲス共。
でれでれと相好を崩し、猫なで声で甘い言葉を囁き、しかし目的はただ一つの。
美辞麗句を囁きながら、俺のことなど微塵も見えていない、汚い汚い欲望の塊。

あんなモノに、レンがなってしまったら?
耐えられない。

──彼がそんな人間に見えるか?
問いかける自分の声が、どこか弱々しい。

そうした打算から、いちばん遠い男だろうに。
お前、あいつの気持ちをなんだと思ってるんだ?

わからない。
わからないんだよ、本当に。

「なんだレン、お前、拗ねてるのか?」

ベッドの上で、いじけて体育座りをするレンを見る。

「嫉妬なんかするかよ!その新兵器とやらが開発されたところで、俺には何の旨味もない。関係ない!知らない!」

彼は、本当に俺が好きみたいだ。
そう、見える。

「な、なんだよ」
「いや、かわいいなあ、と」
「ハァ?!」

そして、そんな彼が、俺だって、きっと──。

「ち、近いぞ、ハックス」

なあ、レン。
お前、俺を抱いても。

「レン」

変わらずにいてくれるか?
あいつらみたいに、なったりしないか?

「……幸せのお裾わけ、してやろうか」

これは、賭けか?
それとも、お前を独占するための、罠か?

わからない。
でも。

「卒業させてやる」

“出来損ないのアーミテイジ”は、少しだけ、強くなってみようと思う。

──どうかな?

<了>


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