わるいくせ

 コの字型に並べられた白い机の上に置かれた飲料水のボトルは、七本あった。すぐ手元に置かれたまま微動だにしないやつ、割り当てられた個人スペースの限界まで端っこの落っこちそうなやつ、飲まれるたびに転々と位置を変えるやつ。点在するそいつらを結んだら新しい星座になるんじゃないかと思い、色々試してトーントーンに跨がったシスの暗黒卿を考案したあたりで、会議はお開きとなった。
 お歴々が三々五々退出していくのを、部屋の奥の特別席──と言えば聞こえはいいが要するに「何も発言しないで黙って座っててください席」──からぼうっと眺める。
 本来なら俺が真っ先に退場すべきなんだろうが、残念ながらこれから俺とハックス将軍は、二人だけで別件の打ち合わせがあるらしい。まあ、たぶん説教だろうけど。
 やがて広い会議からは人が消え、せいせいした空気があたりに漂う。しばらくは、ハックスも俺も口をきかなかった。
「あ」
 しつこくボトル星座の考案にこだわり、トーントーンの尻尾にあたる一本を退席者が持ち帰ってしまったことによる全体像の崩壊に悩んでいた俺は、ふと将軍を見やるなり声をあげた。
「また」
「うん?」
 俺のたしょう非難めいたトーンの声に、ハックスはぼんやりと応じる。意識は目の前に浮かぶホログラムの地図にある。会話は上の空だ。
「噛んでる」
「うん」
 やはり、まったく聞いていない。
 俺は重い腰をあげる。中央席に座るハックスに歩み寄り、彼の口元に添えられた右手を軽くおさえた。
「爪。噛むなって」
「──あ」
 ようやく我にかえって自分の右手の親指をまじまじと見つめる我が恋人。かるく目をみはり、素直に驚きを表現したその横顔に、滅多に見せない彼の幼さを発見して、俺はすこしだけ嬉しくなる。
「ファースト・オーダー全軍の頂点に君臨する将軍が、爪噛んだらダメだろ」
 ここぞとばかり鹿爪らしく小言を言ってみる俺に、彼の顔はみるみるうちに歪んだ。
「う、うるさい。お前のせいだ」
「はあ?」
 今度は俺がびっくりする。俺に痛いところを突かれると口撃が始まるのはいつものことだが、これはさすがに理不尽だ。
「爪噛むのが、なんで俺のせいなんだよ?」
「こんなクセ、とっくに克服した……したはずだったんだ。なのに、お前といるときだけ復活するように──ああ、クソ」
 忌々しそうに言葉を切り、彼はじろりと俺を睨む。
「とにかく、レン。貴様のせいだ」
 そう言う目元が、なぜか上気している。
「……なんで赤くなってるんだ?」
「う、うるさい!」
 腹立ちまぎれか照れ隠しか、ハックスはドン!と拳で机を叩いた。その拍子に、いちばん近い場所にあった水ボトルが転倒した。
「いいか、そもそも今日ここで居残り会議するはめになったのはだな──」
 転がったボトルは、点ではなくて線になる。
 いや、待てよ。とすると、この線をライトセーバーと見なせば。
 頭のなかで、トーントーンに誇らしげに跨がる暗黒卿の凛々しくも滑稽な姿が、みるみるうちに形作られていく。
「お前が会議を聞いていないのは、傍目からも明らなん──」
「ああっ!出来た!新しい星座だぞ、ハックス!」
 俺が歓喜の報告をするのと、ハックスの鉄拳が顔面に飛んでくるのは、ほぼ同時だった。