さんすくみ

  なんで、俺じゃなく、あいつばっかり庇うんだ。
 俺の気持ちは考えないのか。
 俺にはあんな顔、見せないくせに。
 いつかあんたは俺を捨てて、あいつを選ぶんじゃないか。

「──って考えてるだろう」
 俺の寝室の隅でうずくまるレンに声を掛けると、レンは大袈裟なほどビクッと肩を震わせ、勢いよく俺を振り返った。
「な」
 なんで、わかる?!
 とでも言いたげに、その口がパクパクと動く。ついさっきまで怒りで赤く染まっていた頬は、今度は羞恥で真っ赤だ。
「あ、あんた、まさか」
「フォースじゃない」
 冗談に付き合う気分じゃない。ビシリと言い返すと、レンはぐぬぬ、と口をへの字に曲げた。涙で潤んだ目と合わさると、その表情はただのナイーヴなガキにしか見えない。とは言え、張本人はとっくに二十代も後半に突入しているのだが。
 この面(ツラ)を拝むたび、マスクを被せるという狒々爺の選択は、理にかなった選択だなと感心する。こいつの顔がもしも丸見えだったら、今ごろ騎士団長はとっくにクーデターを起こされて、別の誰かに取って変わられていたはずだ。
「三年だぞ」
 嵐が去ったかのように荒れ果てた寝室のベッドに腰かけながら、俺はやれやれと首を振った。毎度のことながら、この惨状の後始末をするのはしんどい。
「お前の癇癪につきあって、三年。これで思考パターンが読めなきゃ、将軍の名が泣くだろう」
「……あいつは」
 グズグズと鼻を啜りながら、レンがぶっきらぼうに尋ねる。医務室に運ばれていった俺の部下のことだ。自分がぶっ飛ばしたくせに、気にはなるらしい。
「なんとか無事だ。健気にも、譫言で俺の名前を呼んでたよ。将軍、ご無事ですか、だってさ」
 毎度とばっちりを受ける、優秀な部下への申し訳なさが募り、思わず苦い顔をする。
「……」
 レンは決まり悪げに目を逸らした。背中を丸めてデカイ身体で体育座りする姿は、悪いことをしたと判っていて、叱られるのを待つ犬のようにも見える。
「……ご、ごめん」
「ミタカに謝れ」
「……それは……」
 嫌だ、か。不満げに唇を尖らせる彼を思い切り睨み付けると、レンはううぅ、と情けない声をあげてきゅっと目をつぶった。
「わ、わかった! ごめん、ちゃんと謝るから──」
 口ではこう言っても、レンがそれを実行できたことなど一度もない。
 ──俺は、こいつを甘やかしすぎたのかもしれない。
 手遅れになる前に、一度きちんと言って聞かせないと。俺は真剣な面持ちで、レンを正面から見据えた。
「あのな、レン」
「お、俺。ハックスが、好きで」
「……は?」
 真面目に説教しようと思った出鼻を挫かれ、妙な声が出る。レンが必死の形相で言い募る。
「ば、バカみたいだけど、好きで、好きで。なんかもう、俺の知らないハックスがいるの見ると、腹立ってきて──」
「……」
「な、直さなきゃいけないのは、わかってる……ごめん……ミタカにも、ちゃんと謝る。だから、あの」
 すがりつくような目で、彼は俺のバスローブの袖口をぎゅう、と握りしめる。
 そして、囁くようなかすれ声で言った。

 ──俺のこと、きらわないで。

 今にも泣き出しそうな声だった。
 思わず、ハァァァ、と盛大なため息が漏れる。
 ──本当に、こいつは。
 その様子を見たレンが、ヒィと首を竦めた。
「嫌わないよ……」
 かろうじてそれだけを言った。
 精一杯の努力で無表情を装ったつもりだったが、実際はどうだったろう。
 多少は、ニヤけてしまったかもしれない。
「ほ、ほんと?」
「本当だ」
「……ほんとうに、ほんと?」
「しつこいぞ」
 苦笑まじりに答えると、レンは恐る恐る、といった体で、俺の腰かけるベッドににじり寄ってきた。
 その姿が可笑しくて、思わず吹き出してしまう。
「な、なんだよ!」
「いや、なんか、這い寄ってくるから……怖いなと……」
「ちょっ……俺は真剣なんだぞ!」
 悪い悪い、と言いながら大笑いする。しばらくはムスッとしていたレンだったが、やがてつられるように一緒に笑いだした。まだその目尻に涙が残っているのを認め、ヨシヨシと髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜると、レンは笑いながら、器用にもウエエンと泣き出した。首にすがりついてくるのをあやしながら、ふとまた説教するのに失敗したことに気づく。
 ──クソ、またしてやられた……。
 そうは思うが、けっきょくのところ俺はレンに弱い、ということなんだろうか。何だか腹立たしい。
「お前、本当にちゃんとミタカに謝れよ?」
 せめてそれくらいは、と慌てて付け加えると、レンは小さくうんうんと頷いて、甘えるようにピスピスと鼻を鳴らした。
 ミタカは俺に弱く、俺はレンに弱い。
 じゃんけんみたいな関係だな。
 重たいレンの身体を受け止めながら、そんなことをふと思った。

 数日後、レンがミタカの乗った艦に潜入した挙げ句、賊として捕獲されたとの報を受けることになるのだが、それはまあ、別の話だ。