I hate you, I know.

「秩序が好き! レジスタンスは死ね!」
 ヤケクソ気味のハックスの声が、虚空に響き渡る。
「……これでもダメか。じゃあ権力!権力大好き!」
 誰も答えない。
 反応するものもない。
 まっ白で無機質なだけのだだっ広い部屋は、しんと静まりかえっている。
「クソ、あとは──そうだ! ミリセント! ミリセント愛してるぞ! かわいい! 銀河一かわいい!!」
 無人の部屋で絶叫するハックスの姿は、誰が見ても気が触れたとしか思えない。
しかし、彼の表情は真剣そのものだった。
「……だめか」
 そう言うと、彼はがっくり肩を落とす。
「ミリセントでもダメだとなると、私の方はお手上げです」
 そしてくるりと背後を振り返る。
「最高指導者。貴方も何かお好きなものを」
 そう言われ、レンはぴくりと眉を上げた。
 さっきから部屋の壁に凭れ、狂ったように絶叫するハックスをやや引き気味に見ていた彼は、やれやれと首を振った。
そして、聞き取れないほど小さい声で低くつぶやく。
「ダーク・サイド、最高……」
「……もっと大きな声でお願いできますか。“叫べ”とありますから」
 いらいらと指摘するハックスを、ムッとしたようにレンが見返す。
「わ、わかってる! ……ダーク・サイド、最高!」
 何も起きない。
「……他には」
「ヴェイダー卿、愛しています!」
 きっぱりとした力強いレンの声が、白い部屋に谺する。
 たっぷり一分ほど沈黙した後、ハックスとレンは申し合わせたように溜息をついた。
「だめか……」
「……となると、やはりこれは“相手への”ということか」
 苦虫を噛み殺したような顔でレンが言う。
 その眉間には、限界まで深い皺がきざまれていた。

  二人は、さっきからこの部屋に閉じ込められていた。理由はわからない。ただ、気がつけばこの何もないまっ白な空間にいた。
 通信はおろか、武器すらも失った二人の前には、閉ざされた扉と紙切れ一枚だけがあった。
紙には、こう書かれていた。

『この部屋から出るには、下記の条件を達成してください。
 【条件】四十分以内に、どちらかが愛を叫ぶこと
 ※なお、条件未達成の場合は、部屋とともにあなた方の存在も消滅します。』
 部屋を隅々まで調べ、どうにもならないことを確認するだけで、すでに十五分が経過していた。

 レンに負けずおとらずの渋面をしたハックスは、レンの問いかけに答えない。ただ俯いて足元をじっとみつめている。やがて決心したようにあげた彼の顔には、悲壮感がみなぎっていた。
 スゥ、と大きく息を吸う。そして思い切って叫んだ。
「私は、最高指導者が、好きです!」
「は? オイ、あんた──」
 泡を食うレンを無視して、ハックスは食い入るようにドアを見る。
 ドアは、微動だにしなかった。
「……やはり、嘘はダメか」
 情けない声でそう言い、ハックスはがっくりと肩を落とした。
「最高指導者」
 肩を落としたまま、ハックスは冷たい声でレンに呼びかける。
「な、なんだ」
「……貴方も」
「い、いやだ」
 引きつった表情で首を横に振るレンを、ハックスはキッと睨みつけた。
「──お互い、こんな所で死にたくはないでしょう。言うだけタダです。せめて試すくらいは」
「嫌だと言っているだろう! 俺にはあんたと違ってプライドってものが」
 レンのその言葉を聞いた途端、ハックスの堪忍袋の緒がキレた。
「アホか貴様は!プライドなんぞ犬にでも食わせろ!」
 敬語を忘れて食ってかかるハックスに、レン も青筋を立てて怒鳴り返す。
「誰に向かって口をきいてる、ええ、将軍?敬意を払わないと」
「払わないとなんだ?不思議力(ぢから)で投げ飛ばすか? ──おっと、そうだった。この異常な空間では、ご自慢の手品も役立たずだったなあ?」
「その減らず口を閉じろ無礼者! 黙らないと」
「いいや、黙るのは貴様だ。いいか、レン。よく考えろ。あと二十分程度しかないんだぞ。二十分で、“この世に存在し得ないもの”をどうにかこうにか無理くりにでも“ある”ことにしないと、私たちは死ぬんだ。生き残ることを第一に考えろ!」
 レンの胸に人差し指を突きつけてキャンキャンと喚くハックスの剣幕に呑まれ、レンはぐぬぬと黙りこむ。
 たしかに、ハックスのいうことはもっともだった。今はここからフ出ることが最優先。そのためには、多少の不快感は我慢する必要がある。
 そう結論づけたレンは、正面で目を血走らせているハックスを睨みつける。
「しょ、しょうぐんが……す……す……」
くいしばった歯のあいだから、絞り出すように声を出す。
「将軍が好……む、むりだ!」
 しかし、そこまで言ってレンはうわあと頭を抱えた。
「言えるかこんなこと! ゼッタイに嫌だ! 嫌だって言ったら嫌だ!」
 そう言って口をへの字に結び、腕を組んでぷいとそっぽを向いたレンに、ハックスのこめかみが怒りでびくびくと痙攣した。
「……レン、正直に言う。貴様が今ここで死体になってくれたら、多少は愛せるような気がしてきた。死ね」
「なるほど」
 レンも負けじと言い返す。
「その手があったか。だがあいにく、お互い丸腰だ。ブラスターもない制服組の将軍様が、どうやって俺を殺す? そこへいくと、俺はあんたなんか片腕で充分だ」
「……こっちに来るんじゃない」
「言い出しっぺはあんただろう。腰抜けめ」
 からかうように芝居がかってずいと前に出るレンに驚き、ハックスは泡を食って後ずさった。そして、ぎょっとしたような顔をしてレンを見た。
「……まさか、レン、貴様」
 その顔色に本気のおびえが混じっていることに気がつき、レンは怪訝な顔をする。ハックスが呻くように言った。
「こんな手の込んだことをしてまで、私を亡き者にする気なのか?!」
「なんだと?」
 レンの目に、静かな怒りが宿る。
「まさか、俺が仕組んだとでも? 正気か?」
「よくよく考えてみたら、こんな面妖な仕掛けを作れる科学技術などあるものか。貴様の胡散臭いフォースとやらで」
「あのなあ! フォースはあんたが考えてるようなものじゃ……」
 本気でムッとして抗議しかけ、レンは不意に口を噤む。
「……まあ、理解できんか、あんたには」
「なに?」
 先ほどのお返しとばかりに、レンが小馬鹿にするようにフフンと嗤ってみせると、ハックスは唇を引き攣らせて気色ばんだ。
「どういう意味だ」
「くだらない政治にしか興味がない、狭量な男に何を言ってもムダだと言っているんだ」
「は! その“下らない政治”ひとつもままならず、組織からの求心力を失いつつある愚かな指導者はだれだ?」
「組織? そんなもの、俺の力の前には取るに足りな……」
「取るに足りない組織の軍事力がなければ、貴様の願う新時代なぞ、夢のまた夢だ」
 図星をさされていささか怯むレンに、ハックスは畳みかける。
「いいか? 人間は理性だけで動くわけじゃない。お前は政治を馬鹿にするが、政治を動かすのは人だ。お前が統べようとしている銀河とて、詰まるところは人なんだ。いくら超自然の力が使えようが、人間への理解が足りないお前に──」
「俺には必要ない! だいたい、そのために、あんたを俺の下につけてやって」
「その私の信望を失うようなことばかりしているじゃないか! いつまで甘えるつもりだ、この青二才! 貴様の子守は、もううんざりだ」
「なっ……そう言うあんただって敵だらけじゃないか! 最高指導者直属の地位が、どれだけあんたの命を守っていると──」
「黙れクソガキ! 口答えをするな!」
「そうやって都合が悪くなると、すぐガキ扱いする! 昔っからそうだ!」
「うるさい! わ、私は、貴様のことが嫌いだ!」
「俺だって、あんたなんか大っっっ嫌いだ!!」

 二人が、ほぼ同時に叫ぶ。
 と同時に、なんの前触れもなくドアが開いた。

 鼻をつきつけんばかりに怒鳴り合っていた二人は、一瞬口論も忘れて唖然とドアを見た。

 音もなく、するすると扉が開いていく。
 扉の向こうはあふれんばかりの光で満ちあふれていた。
 光の洪水が、二人にむかってなだれ込んでくる。
 咄嗟に、レンが庇うようにハックスの前に立つ。
 前に飛びだしてきたレンの身体を、光から引き離すようにハックスが腕に抱きこむ。

 二人の意識は、そこで途切れた。

「で、なんで私が、貴様とシャトル・ドライヴをしなきゃならん」
「しょうがないだろう、目が覚めたら俺のシャトルだったんだから。運転できる人間がいるだけ、ありがたいと思えよ」
「ナンセンスだ! 理不尽だ! どういうことなんだ!」
「ああ、うるさい! 知るかよ! 役立たずは座ってろ!」
「むしろこういうとき以外で貴様が役に立ったことあるか?!」
 ぎゃあぎゃあとさわぐ将軍と最高指導者を乗せたシャトルは、旗艦を目指して宇宙の闇を飛ぶ。
 二人の口論はいっこうに止まる気配を見せない。
 しかし、光の渦に呑まれる直前の互いの行動について、二人が触れることは決してなかったという。