強制遊泳にうってつけの日

DOG DAYS
1.SIDE TROOPERS

新耐熱スーツの実地テストを兼ねた、最高指導者へのプレゼンテーション。
なんて聞けば、たいそうご立派なイベントみたいだ。けど実際は、たんにクソ暑い気候の中を延々と立たされ、歩かされ、模擬戦をやらされ、どんな不具合があっても「ぜんぜん平気です」という顔をしつづけなければならない、ほとんどただの罰ゲームだ。
「こんなことするためにオーダーに入ったわけじゃないぞ、クソ……」
「私語は慎め!」
思わずもらした独り言を耳ざとく聞きとがめた開発主任が、鬼の形相で檄を飛ばしてきた。
「い、イエッサー!」
俺は慌てて直立不動の姿勢を取りつくろう。隣に立つDG0512が、笑いを押し殺しながら俺の脇腹を肘でこづいた。
「主任のやつ、次がなくて必死だな」
「黙れDG。俺に話しかけるな」
「びびんなって。お前までピリピリしてたら身が保たねえぞ」
コソコソとやり合っていると、
「そこ!AD1119とDG0512!」
案の定、再び怒鳴りつけられた。しかもこんどは名指しだ。あとでなんらかの処分を覚悟すべきだろう。
「見ろ、目をつけられちまったじゃないか」
「どうせ主任は今日までの命だって。気にすんな」
「縁起でもないこと言うなよな……」
いちおう咎めてはみたものの、DGの意見には俺も賛成だった。だって、この耐熱スーツ、めちゃくちゃ暑い。正直なんの役にも立っていない。
それもそのはず、この“最新”スーツは、湿気対策が何もなされていなかったのだ。本来は炎の燃えさかるような灼熱地獄を想定して開発してきたものらしい。しかし、最高指導者がテスト地域に選んだこの惑星の暑さはひと味違った。気温も高いが、なによりも湿度がとびぬけて高い。もとからそういう気候らしいのだが、それに加えてご丁寧にも、すぐ近くには藻の張った緑色のきたない池があった。よどんだ水面からたちのぼる湿気が目に見えるようだ。おまけに風もない。ひたすらに不快な、じわじわと体力を奪っていくタイプの、じっとりとしたイヤな暑さだったのだ。
スーツのなかの蒸れた空気に耐えきれず、救いを求めて頭上の空をふりあおぐ。ぬけるような青空には雲ひとつなく、どこまでも清々しく澄みわたっている。照りつける強烈な日射しが、マスクごしに目を射った。
クーラーの効いた室内から眺めれば、最高の景色だろうな。
朦朧とする意識のなかそんなことを考えていたら、DGがまたもや俺の脇腹をつつきだした。
「おい、おいってば」
「なんだよ、うるさいなあ、もう」
「見ろよ、あれ!」
DGの指し示す方向をなにげなく見て、俺は目を剥いた。
「将軍?!」
な、なんで、将軍が、この炎天下に?!
「最高指導者が列席を強く希望したらしいよ」
度肝を抜かれて言葉を失う俺たちの隣にいつの間にか並んでいたGC1028が、いかにも面白くなさそうに鼻を鳴らしながらそう教えてくれた。
「ええっ、わざと? 陰湿だなあ」
「どうかな。単に天然なんじゃねえの」
DGが半笑いで言う。
天然。たしかにそうかもしれない。
「少なくとも、もうちょっと身なりには気を遣ってほしいよな……」
俺も同意する。
そもそも制服組は船内から観察していればいいものを、なぜかカイロ・レンは俺たち一般兵士のいる屋外に出てきていた。少し高台の椅子にふんぞり返っている。炎天下で庇すらついていない場所に、だ。まあそれだけなら、同じ戦士として苦難をわかちあうとかナントカ、理屈はわからないでもない。
けれど最高指導者にもかかわらず、彼はマントはおろか上半身の鎧を脱ぎ、タンクトップ一枚で堂々と腕を組んで座っているのだ。これはさすがにまずいだろう。俺にそんな趣味はないが、それでも肉づきのいい二の腕や、ぱんぱんに張った胸板がむき出しになっているのは、なんだか目のやり場に困る。しかも汗で濡れて光っているのがよけいに生々しい。
「ファンサービスだろ」
軽口をたたくDGの後頭部を、GCがはたいた。
「あんた、殺されるよ」
「とか言いながらGC、お前もファンクラブ会員なんじゃねえの?」
「言ってな。私はどっちかっていうと将軍みたいに細いのがタイプだな」
「マジかよ」
DGとGCの軽口を聞き流しながら、俺はカイロ・レンの傍らに立つ(立たされている?)将軍を見る。やはりその身なりを気にしているのか、ときおり苦々しい視線を自らの上司に送る彼は、コートを羽織っていないことをのぞけばいつもどおりの正装だ。
「将軍、顔色が悪いな……」
ハックス将軍の体調が優れないというのは、前々から噂にはなっていた。連日の激務がたたって今にも死にそうなんだとか、カイロ・レンに出世の先を越されてショック死寸前なんだとか。噂の真偽はともかく、将軍の顔色は健康な人間のものではなかった。こんな炎天下であんな青ざめた肌など、見たことない。
「お偉いさんってのは大変だな」
「せめて手袋くらい脱げばいいのに」
「本当に肌を見せないよな、あの人。鱗でも生えてんのかね」
「DG、やめなって」
俺たちが性懲りもなくバカ話を続けていた、その時だった。
みじろぎもせずに立ち尽くしていた将軍が、なんのまえぶれもなく、ふらぁり、と倒れた。
一気に場が騒然となる。
「将軍、しっかり!」
「熱中症だ」
「とにかく冷やせ」
慌ただしい声が飛び交っているのが、こちらにまで聞こえてくる。
「とりあえずシャツを脱がせろ!」
誰かがそう言った時だった。
「放っておけ!」
それまで黙って座っていたカイロ・レンが、突如ものすごい大声を出した。
周囲の人間の動きがいっせいに止まる。
「しかし、熱中症は少しでも熱を逃す必要が……」
反論する声を遮るように、
「こんな軟弱な軍人、放っておけと言っているんだ」
「そ、それでは将軍が」
「冷やせばいいのか?ならばこれで充分だろう!」
苛立ちマックスと言った感じの口調でカイロ・レンはそう言うが早いか、将軍の身体に向けて掌をかざした。そのまま、ぶん、と大きく腕を前方に投げ出す。
将軍の身体は宙に浮き、カイロ・レンの腕の動きに合わせ──飛んだ。
みな、あっと息を呑む。
ぶん投げられた将軍の身体は、綺麗に弧を描いて宙を飛び、

 ぼちゃん。

池に落ちた。
あの、藻でどろどろの緑色のまっただ中に。
水音が鳴り響くと同時に、意識を取り戻した将軍が情けない悲鳴をあげてばしゃばしゃともがき出した。
将軍の悲鳴で我に返った士官たちが数名、泡を食って池まで全力ダッシュする。
その光景をカイロ・レンは無表情で見送っていたが、すぐに興味をなくしたように、ふたたび椅子にふんぞり返った。
そして何事もなかったかのように指示を出しはじめた。
「うわ……ひっでえ……」
「そこまで嫌わなくてもいいのに……」
「でも……なんか不自然じゃない?」
けっきょくその日の実地テストはなしになり、うやむやのまま解散となった。
そしてその晩、将軍が本当に寝こんだと正式な発表がされた。
GCだけは腑に落ちない顔をしながらしきりに首をかしげていたが、俺とDGはカイロ・レンの非情さに心底縮み上がり、顔を見合わせるばかりだった。


DOG DAYS (are over!)
2. SIDE LEADERS

「いくらなんでも大袈裟だろ」
言うが早いか、レンはハックスの鼻につながれた管をなんの躊躇もなくぶちりと引っこ抜いた。
「狸寝入りはよせ、将軍」
ここは、巨大な旗艦の一角をしめる医療スペースの最奥にある、最高幹部専用の治療室だ。幾重にも厳重にはりめぐらされた警備をぬけた先にある、だだっ広い病室の中央。大仰な機械に取り囲まれたベッドに、ハックスは横たわって目をとじていた。ごていねいに病衣まで着ている。
レンはいらいらとハックスに声を掛けた。
「カルテ見たぞ。酸素供給なんかされてないし、点滴で投与されてるのは単なる生理食塩水だ。そもそも医師に診察させてもいないんだろ。睡眠薬もなしにあんたが眠れるもんか。いいかげん──」
そこまで一気に捲し立てたところで、ハックスがあきらしめたようにぱちりと目を開いた。レンと視線が合うなり、これみよがしにため息をつき、ぐるりと目を回してみせる。
「これはこれは。最高指導者。わざわざ病室においで頂けるとは……ところで、ドアにある“面会謝絶”の札はご覧いただけましたか?」
「ああ、見たよ。ちなみに面会謝絶ってのは、“醜態をさらして落ち込んでるから邪魔するな”って意味だろ?」
レンの揶揄に、ハックスがぷいと横を向く。口をへの字に結んでいっさい口をきくまいとする横顔は、拗ねた子どもそのものだ。
「あんた、あのあと三時間も風呂に入りっぱなしだったらしいな。医者が困り果ててたぞ」
投げ込まれた池から救出した部下に支えられ、這々の体ではいだしてきたハックスは、周囲に当たり散らしながらシャトルに戻っていった。藻だらけで緑色になったハックスが不潔だ、死ぬ、死んでしまう、と喚きつづける声を思い出し、レンは吹き出した。
「ふふ、いや、悪かった。あんなに汚い池だとは思わなくて、ふ、ふふふ」
必死で笑いを抑えようと身を折っては、我慢できずにクククと身を震わせるレンを忌々しげに眺めていたハックスが、とうとう耐えかねたように低い声で唸る。
「……この、クソ野郎が」
レンはとうとう笑いを爆発させる。ハックスが額に青筋を立てて抗議する。
「笑いごとか! 貴様のせいで、謎のヘドロが全身にひっついたんだぞ!洗っても洗ってもぬるぬるして……発狂するかと思った」
よほど気持ち悪かったのだろう。感触を思い出しでもしたのか、ハックスはぶるりと身を震わせた。
「まだ体のどこかにアレがこびりついてる気がする……俺、臭くないか?」
虚ろな目でそうぼやきながら、身をよじって自分の肩先をくんくんと嗅ぐ。眉がハの字に下がり、なんとも情けない表情を浮かべている将軍など滅多にみられるものではない。
レンはにんまりと笑うと、そろそろとハックスに腕を伸ばした。
「へえ、じゃあ俺が調べてやる……あ痛て!」
その腕を、ハックスは容赦なくぴしゃりと叩く。
「触るな、エロガキ」
「な……っ! エロはどっちだ、さっき散々いやらしい目で俺のこと見てたくせに!」
「言いがかりだな。呆れてたんだよ、あんなみっともない格好で公務に出るなんて、何考えてるんだ貴様。最高指導者としての自覚を少しは持ったらどうだ」
「また説教か?八つ当たりはよせ」
「誰のせいでこんな醜態晒す羽目になったと思ってる」
売り言葉に買い言葉で、険悪なムードが流れる。
しばし二人はにらみ合っていたが、やがてレンが両手を挙げて降参のポーズをとった。
「やめよう。喧嘩しにきたんじゃない。……笑って悪かったよ。とっさにあれしか思いつかなくて」
「──その件に関しては、礼を言う。その、助かった」
ハックスもばつが悪そうに目を逸らし、不明瞭に口の中でなにごとかつぶやく。ありがとう、と、聞こえなくもなかった。
レンは静かにベッドに歩み寄ると、ハックスの隣に腰かけた。無言で病衣の袖に隠されたハックスの二の腕をそっとまくる。
ほとんど筋肉のついていない、白い細い上腕が剥き出しになる。
そこには、ひっかき傷のような自傷痕が無数にへばりついていた。
黒ずんだ古い傷の上に、まだ新しい傷が赤く盛り上がり、瘡蓋(かさぶた)となっていくつも層をなしている。肘から下のなめらかな皮膚とは似ても似つかない惨状は、まるで鱗のようにもみえた。
今は衣服に包まれている上半身が、もっとひどい状態なのをレンは良く知っていた。もし、あの場でハックスの上着が少しでもはだけられることがあれば、大勢の兵士達がそれを目にすることになっただろう。弱みを見せることを嫌うハックスにとって、それは死刑宣告にも等しい。だから、なんとしても避けたかった。
「まさか、将軍ともあろう人間の上着を、公衆の面前で脱がせようとする奴がいるとは……」
気遣わしげに目を伏せながら、いとおしむように腕の傷跡をなぞるレンの指先を、ハックスの手がやんわりと包む。
「お前のせいじゃない。俺の自業自得みたいなもんだ」
その言葉に、先ほどまでの刺々しさは感じられなかった。あきらめたように小さく笑う彼を見ているうち、レンは急に自分でもわからない強い感情で窒息しそうになる。衝動的に、とりすがるようにハックスの細い首に腕を回す。ぎゅっと強く抱きしめると、ハックスは自らの|額《ひたい》をレンの頭にあずけ、目を閉じた。
しばらくそうやって、二人でじっとしていた。
互いのあいだを行き交う呼吸や、肌のにおい、熱だけが、自分たちを今、ここにかろうじてつなぎ止めようとしているような気がした。
病室は、静かだった。
「……無理させるんじゃなかった。本当に、俺は、バカだ。あんたのことになると、いっつも何も見えなくなる」
今にも泣き出しそうな声で懺悔するレンに、ハックスが苦笑しながら、あのなあ、と応じる。
「無粋なこと言って悪いが、お前、もう少しデータを読む訓練しろよ。今日のテスト地選び、あれはさすがに擁護できない。なんのための開発か理解してなかっただろう。兵士たちも気の毒だ」
「……適切じゃない場所だっていうのは、わかってたんだ……」
「どういうことだ?」
いぶかしげに問い返すハックスに、レンは慌てて、あ、いや、とごまかそうとする。が、すぐに諦めて白状しだした。
「その……ご、合法的に、デートする方法、ないかな、って……」
「合法」
「いや、だから、この星の酷暑期の青空は、それはみごとなものだって聞いて……なんていうか、憧れがあったんだよ、俺。夏の暑いさなか、外で遊んだこととか、あんまりなくて。それで、そういうの、あんたとできたらいいなって……でも、なかなかそんなチャンスないだろう? それで……」
しどろもどろに釈明する“最高指導者”は、やがてがっくりと肩を落とす。
「……あんたの言うとおりだ。上に立つ人間のやることじゃないな」
「レン、お前……」
呆れてものも言えないハックスだったが、ごめんなさい!と首を竦めるレンを見て叱責をぐっと飲み込む。
『夏の暑いさなか、外で遊んだこととか、あんまりなくて』
そのフレーズが、妙に刺さった。
ないだろうな、と思った。
美しい花の咲き乱れる庭に囲まれ、空調の行き届いた完璧に調えられた広い部屋で、ひとり外を眺める幼いレン、いや、ベン。侍従やドロイドに付き添われてなお寂しそうな、小さな背中がまざまざと目に浮かぶ。
やれやれ。
ハックスは頭を掻いた。
「そういうことなら、明日、抜け出して観光でも行くか?」
「え」
てっきり説教が待ち構えていると覚悟していたレンにとって、それは寝耳に水だったようだ。ぽかんと口をあけてハックスを見る。
「俺もそういう経験はない、というか俺はそもそも、難民よろしく船上の逃亡生活してたからな。夏に外で遊ぶって発想すらなかったし。ちょうど休みもほしかったところだし、たまにはアリだろ。童心に返るってやつか?」
照れくささで饒舌になるハックスを、レンは穴のあくほどまじまじと見つめている。
「あ、でも、また俺が倒れても、今度は池に投げてくれるなよ。あのヘドロは二度と御免だ」
「な、投げない! もう投げたりしない!」
レンが大慌てで首を振る。
「次はあんたを抱えて俺も飛び込む」
「…………やっぱナシだな。前言撤回。お前は反省して二時間正座してろ」
「嘘! 冗談だって!」
「だーめーだ。もう遅い」
「ごめん、ごめんて」
しばらく下らない会話の応酬でやいやいやりあった後、ハックスはごほんと咳払いした。
「まあ、とにかく、明日はお前に付き合ってやる。感謝しろ」
今回だけだぞ、と何度言ったかわからないハックスの台詞に、レンは嬉しそうに目を輝かせて頷きながらも、まだ半信半疑の顔だ。
「本当にいいのか? 仕事は?」
「まあ、一日くらいなんとかなるだろ。俺たちはもう大人だ。やりたいことは、やればいいさ」
肩をすくめるハックスに、レンの顔は嬉しさではちきれそうに上気していく。ハックスがこの顔に絆されていることなどつゆ知らず、よし、じゃあ何着てく? その格好はだめだぞ、また倒れるからな、などとはしゃぎ始めた。更に、そうだ! と叫ぶなり、レンは病室のドアにむかって駆け出した。
「おい、どこ行くんだよ?!」
「まずは邪魔が入らないようにしてくる!」
すぐ戻る、と言いながらレンは病室を出て行った。ドタドタという足音が遠ざかっていく。
邪魔?邪魔ってなんだ?とハックスが訝る間もなく、病室の正面にかかっていた艦内放送用の受像器がとつぜん点灯した。臨時用のけたたましい音楽とともにニュース映像が流れる。
臨時ニュースは、将軍が体調を崩したのでしばらく休養に入る、と淡々と告げると、ぶちりと途切れた。
「あの、バカ……ッ!」
顔を覆い、ハックスは血を吐くような声で叫んだ。
が、もう手遅れだ。完全な公式放送で宣言されてしまったのだ。これでしばらくは公務に戻れない。
その間の仕事は誰がやるのか。
これを機にとばかりに暗躍しそうな政敵どもにはどう対処するか。
現実的な問題がどっと目の前に押し寄せ、ベッドの上で卒倒しそうになる。
──ああ、俺はやっぱりあいつに甘すぎる……。
犬の躾をし損ねたダメな飼い主のような気分で、ハックスはがっくりと首を垂れる。
あと五分もすれば、あのアホが病室に帰ってくるだろう。あいつのことだ、明日着ていく服の候補を両腕いっぱいに抱えて、ドアを開けろと騒ぐかもしれない。あの無邪気にキラキラした笑顔を浮かべながら。
でも、まあ。
──そんな顔ができるようになっただけでも、良しとするか。
この期に及んで甘いことを思う自分の脳天気さが恨めしい。
明日には二人して見上げているであろう青空を思い、ハックスは知らず知らずのうちに微笑む。
確か市街地には、少し古風な市場(バザール)が立っていたはずだ。何か買ってやるか。
そんなことを考えていると、遠くから、ふたたびドタドタという足音が聞こえてきた。続いて、何かで手が塞がっているような人間がドアに体当たりする音。
「ハックス! 開けろ! 服持ってきた!」
とうとう堪えきれずに声を出して笑いながら、ハックスはベッドから身を起こした。

《了》


おまけ

「まさか、あんなに暑いとはな……。あんたがぶっ倒れたときは正直、肝が冷えたよ。本当に悪かった」
「まあ、いいさ。誰かさんがだらしない服装だったおかげで、多少は目の保養もできたしな」
ニヤリと笑ってハックスが言うと、レンが絶句した。
「な……! やっぱりそういう目で見てたんじゃないか!」
「当たり前だろう。あんな格好目の前でされてみろ。見ないわけにはいかないだろうが」
「……じつは、少し狙ってた」
今度はハックスが絶句する。
レンの目が泳いでいるところを見ると、本気らしい。
「わかりにくいわ!そもそもお前、公私混同も甚だしすぎるだろうが……。そもそも俺以外の奴にまでその肉見せびらかしてどうするんだよ」
その歳になってうまい誘惑のひとつもできないのか、と呆れるハックスに、レンが不思議そうな顔をする。
「どうしてだ?あんた以外に俺の身体を見たいやつなんていないだろ」
「……本気で言ってるのか……?」
ハックスはふたたび絶句する。
「あ、あのなあ! もし俺に、この傷跡がなかったとして、だ。俺がいきなりトルーパーたちの前で、上半身すっぱだかになったら、お前どう思う?」
そう言った途端、レンがぎゃっと悲鳴をあげる。
「だ、だめだ!何言ってんだあんた、絶対ダメ!」
「……どうしてそう思う?」
「どうしても何も、だって、そんなことしたら……」
レンの顔がみるみる赤くなっていく。
「か、か、隠し撮りとか、されるぞ。そもそもあんた、隠れファンがいるの知らないのか?けっこうな値段であんたのオフショット取引されてるんだぞ?半裸の写真なんてもはやポルノだろう?!冗談じゃない、俺以外のヤツがあんたの肌を見るなんて、言語道断──あ、あれ?」
「──理解できたか?」
ジト目で聞き返すハックスに、レンは曖昧に頷いた。
「あ、ああ……うん……」
頷きながら、段々その表情がゆるんでいく。
「……そっか、そういうことか。へ、へへ。ふふふ」
「レン。気持ち悪い」
えへらえへらと相好を崩し始めたレンに冷たい一瞥をくれると、ハックスは急にきりっとした顔つきになった。
「ときに、レンよ」
「ん? なに?」
まだふにゃふにゃと笑うレンに、ハックスはこそこそと囁いた。
「俺の写真、高値で取引されてるって言ったな。……いくらだ?」
「は?」
「いや、お前──俺の写真、捌(さば)く気ないか?」
「……は?」
「この財政難だ、売れるもんは売ったほうが」

その日、将軍は二度目のフォースチョークを喰らったとか、喰らわない、とか。


(おしまい)