あの素晴らしい愛をもう一度

「“もう一度、恋をしよう”」
「……は?」
 どこまでも真剣な面持ちでそう告げたレンとは対照的に、ハックスは呆気に取られたようにぽかんと口を開けた。その眉間に、みるみるうちに皺が刻まれていく。
「なんだ、それ」
「いや、だから。“もう一度──”」
「同じことを二度言うな。聞こえている。どういう意図でその陳腐な決まり文句を持ち出してきたのか、と訊いている」
 昼休み。
 極秘回線を使った最高指導者からの呼び出しに、忙しさを押して人気(ひとけ)のない廃倉庫まで来てみれば。待ち受けていた当の指導者は、とつぜんわけのわからないことを言い出した。
 恋?
 もう一度?
 貴様が勝手にテンションぶち上げてホログラムに総攻撃仕掛けてるあいだに取り逃がした極々少数のレジスタンスの行方すら掴めず、百年の恋もさめそうになっている今、貴様が言うことか?!
 いらいらと腕を組むハックスの内心などつゆ知らず、レンはすがるような目をハックスに向けている。おなじみの、捨てられた仔犬顔だ。うるんだ瞳で「わかってくださいよぉ」とでも言いたげな弱々しい顔をしている。
 しかし、ハックスは動じなかった。むしろいっそう苛立ちが強まる。
「貴様、人の昼休憩をつぶして呼び出しておいて、まさか理由を説明できんのか?もしそうなら──」
 徐々に深くなる眉間の皺。額に走る青筋。雷が落ちる気配を感じとったのか、さすがのレンも上目遣いをやめた。
 が、それがいかにも渋々といったふうだったのが、さらにハックスの癇に障った。
「──もういい。帰る」
 本当に時間がない。このボケに付き合っている暇など、皆無。そう判断したハックスは小言を途中で切り上げ、さっさと踵を返した。
 慌てふためいたのはレンだ。あ、待って、行かないでとハックスの羽織ったコートの袖を引く。そして観念したように重い口を開いた。
「その。最近、俺たち倦怠期じゃないか?」
「…………ハァ?」
 たっぷり十秒ほどの沈黙ののち、ハックスが気の抜けた声をあげた。思い切り片眉を上げ、呆れきっている。
「言うに事欠いて“倦怠期”?このクソ忙しい、のっぴきならない事態で、よりによって“倦怠期”だと?」
 徐々に高くなるハックスの声に、レンが大きな体をしゅんと丸める。
「わ、わかってる! 今言うことじゃないってのは、さすがの俺も、わかって……で、でも……あんたはずっと忙しいし……俺は俺で身動きがとれないし……」
 目も拳もぎゅっと閉じ、叫ぶようにして必死に発していたレンの声は、言い募るうちに段々と小声に、そして自信なげにしぼんでいった。
「さ、さっき……急に時間が空いたんだ……それで……あの……」
 部下たちの前での居丈高な態度とは打って変わって弱々しいその姿に、ハックスの激昂も行き場を失う。今や「最高指導者」の見るかげもなく萎れきったレンの姿に、ハックスはやれやれとため息をついた。
「……で?」
「え?」
 レンが顔をあげる。
「俺たちは倦怠期だ、と宣言するためだけに呼び出したわけか?」
「あ、いや……その……」
 もじもじと下を向いたレンに、ハックスは苦笑する。
 俺に会いたかったんだろう? なら、最初からそう言え──そんな言葉を掛けようとしたハックスが聞いたレンの言葉は、しかし彼の想像の斜め上を行っていた。
「……倦怠期には、場所を変えると良いって」
「俺に会いたかっ──え?」
「すこし、スリルがあった方が、刺激になるって。そう、聞いて」
「……え?」
「こ、ここなら! 誰も来ないし! けど、少し外だから、その……」
「…………え?」
「えと、じゃあ……」
 予想外の成り行きだ。予想外すぎて、ハックスは言葉を失ったまま硬直する。
「ま、待て。どういうことだ。“少し外”ってなん──」
 しかし、必死のレンに、その姿は当然のことながら見えてなどいなかった。
 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めたレンが、「えいっ」という掛け声とともハックスに覆い被さるのと、ハックスが恐怖とも怒りともつかぬ叫び声をあげるのは、ほぼ同時だった。

 その日、複数のトルーパーから保安課に不思議な報告が上がった。曰く、「使われていないはずの倉庫から、絹を引き裂くような悲鳴が聞こえた」という。調査の結果、残されて数時間も経たない血痕がいくつか見つかったものの、被害者も加害者も見当たらなかった。
 さらに不思議なことには、その件は何故かミタカ中将あずかりとなり、いつの間にか立ち消えになってしまったということだ。