クレイジー・リトル・シング・コールド・ラヴ

 はじめて彼の下りた前髪を見たのは深夜の緊急呼出で、緊迫した空気の漂う彼の部屋は常夜灯だけで薄暗かった。にもかかわらず、ちょっとだけ幼く見えた横顔を眺めながら、今夜はなんでか明るい夜なんだなと思っていた。もちろんそれは僕の思い違いで、夜どころか翌日になっても世界のすべては輝きを増したままだった。灯りがともされたのは、僕の心だったのだ。毛布の下、おでこをくっつけんばかりの間近で、いま僕の目をのぞきこんでいる人。この前髪のおかげで、僕の世界はいまだに明るい。

 布団にもぐりこんで額をこつんとやると、彼はさも楽しそうに笑い声を立てた。鼻のあたまにくしゃっと皺が寄る。私の胸がキュウと鳴る。この笑顔を初めて見たのはいつだったか、もう思い出せない。部下が無防備な犬みたいに笑った。(もちろん犬は笑わない。)一体それの何に驚いたのか、すこしの恐怖さえ伴って、私は陽だまりみたいな笑顔を眺めた。四方を白い壁で塗り固めていた私の世界に、罅が入った。胸が暖かくなる。それからキュウッときた。以来、彼のくしゃくしゃの笑顔は休むことなく、私の胸をつねり続けている。くしゃっ。キュウ。