[phelmitage] 終幕/開幕

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終幕/開幕


闇。
奈辺に広がる深淵。透明な孤独。
気が遠くなるほどの漂流を始めて、どれほど経ったか。
星が生まれ、死に、生まれ、死に、百たり繰り返しても足りぬほどの茫漠たる時を揺蕩い、それでも彼は探しつづけていた。
何を。
誰を。
彼は、もはや憶えていない。
自身も無辺の一部となり、われの意識も手放したかに思えた、その時。それは不意に訪れた。
闇を漂蕩する夥しい気配たち。そのひとつに、覚えがあった。
雑踏──雑踏とは何だっただろう?──にすれ違う知己ほどの違和感。
「彼」が頭をもたげる。
そう、彼には頭がある、と思い出す。
思い出したのは……私だ。「彼」、それは「私」だ。
私は、腕を──私には腕があった──伸ばす。精いっぱい。
ゆびさきが触れた。
無温の漆黒が、かすかにぬくかった。かつて、隣の部屋で深夜、誰かがつけた灯のように。
「ああ」
吐息が漏れる。声帯が震えた。
「馬鹿なことを」
喉を震わせて発する音が形を成す。これは、言葉。
触れた靄は、震えをともなって明滅する。これは返事。と、解釈する。
「自死など」
でも、貴方らしい。
囁けば、沸き起こるのは遠いひだまりの懐かしさ。
燃えさかる玉都。起こらなかった未来。揺らぐ結末。生まれなかった私たち。
貴方をつかまえ、私はゆっくりと口にする。
探したんですからね。
口許──そう、私には、口があり、その口角は、ゆるく上を向く。
漂うことを止め、指向する。思考する。私は、我々は……。



「光へ」



そして、光があった。



2020/1/24に、ごく限られた親しい人にのみ公開した作品です。
人知れず埋(うず)めるつもりでしたが、ここに公開して供養することにしました。

没案とは、採用されなかった、あくまで「案」です。
形にならなかったものを理想化するのは危険です。死人には勝てないのと同じ理屈で。
ましてや、作品としてきちんと成立したものと比べて優劣を競うなど、比べられた作品にとって、とても失礼な行為だと私は思います。

だから、これは、ただ、生まれなかった彼らへの哀悼としてのみ書きました。
会ってみたかったよ、という親密な気持ちと、もう会っているよね、という寂しさをこめて。


“Ashen one, hearest thou my voice, still? “