魔女と下僕の舞台裏

「タダより高いものはない──か」
 戻ってきたミタカが後ろ手に玄関の扉を閉めるなり、ハックスは唇を歪めた。
「あれなら大丈夫ですよ」
 安心させるように微笑むミタカの肩に、ハックスは甘えるように頭を預ける。どっと押し寄せる疲労に、その場で座り込んでしまいそうだ。
 今夜やって来た少年の父親は、レジスタンスでも武闘派として鳴らしていたという。元来の疑り深い性質に加えて、なかなかに旧世代的な価値観の持ち主でもあることは、少年の姉からそれとなく聞き出していた。
「昔かたぎの義理堅いタイプですし、肉親の健康を救った人間をむやみに疑うことは、まずなくなるでしょう」
「そのための投資だからな」
 抜け目なさそうに光るハックスの瞳に、ミタカはひそかに見惚れる。たとえ年が経っても、この人の斬れ味は決して衰えない。
 が、その鋭利な光は次の瞬間には掻き消える。うあーと声をあげながら、ハックスはミタカの背後から覆い被さってきた。
「とはいえ、薬30包の赤字は痛いよなあ。フェル、すまん」
 あまりの変貌ぶりに、思わずミタカの眉が下がる。自分のうなじに埋もれる赤毛の頭を、ミタカはくしゃくしゃと愛おしげに撫でた。
「なんで謝るんです」
 ついでに顎の下もくすぐる。ハックスが嬉しそうにぐふふと笑う。
「僕たちの生活を守るためでしょう」
「そうだけど……生活費……」
「まだまだ余裕です。僕の生活能力を舐めないでください。それより、貴方の読心術と、僕の情報調査能力があって初めて可能になる連携技ですよ。もっと誇りにしましょうよ」
 ね、とおでこをくっつけると、元上司はなんとも情けない声で、ふにーと猫のように鳴いた。
「フェル……すき……」
 はいはい、僕もですよと軽く答える元部下に、ハックスは全身全霊をこめたハグをする。
「あのブルーベリーパイ、食べちゃってごめんな……」
 小声の謝罪が聞こえたとたん、ミタカはとうとう堪えきれなくなったように、大声で笑い始めた。
「明日は僕特製のアップルパイ、作りますね」
 あんなブルーベリーパイには負けませんよ、とは、心のうちでだけ付け加えた。