ハイヌウェレ

「ミタカ」
  性の余韻に未だ蕩けながら、ハックスは朦朧とする意識からつと浮上する。
「私を食べてくれるか」
「いま食べたでしょう」
「そうじゃない」
 同様に浮遊していたミタカも、輪郭の曖昧な自身の身体に帰還する。
「私が死んだら、食べてくれるか。頭も、耳も、目玉も、臍も、肛門も──舌も」
 碧玉の眸は、薄暗い天井を見透かして、はるか遠くを見ている。
 その先を掴まえるように、ハックスは手を伸ばした。
 細い腕は暗がりに染みとおるように白い。手のひらをひろげる。
 ゆらゆらと泳ぐ指先は、光の届かぬ宇宙の闇の、更に凝る奥を掻き交ぜる。
「このからだ。ゆびのさきまで、ぜんぶ」
 閨をそよぐ繊毛のようにしなやかな腕に、ミタカは己の腕を添わせてみる。
 浅黒いずんぐりとした腕は、まるで釣り合わない、とミタカは思う。
「嫌ですよ。貴方を排泄したくなど、ない」
 主人の膚は乳のようにしっとりと脂を含んで滑らかだ。自分は重く、筋肉で覆われて鎧のように固い。
「そのまま還るのは、さみしいですか」
「お前を通って還りたいんだ」
 不意に、細い腕が、逞しい腕にひやりと絡みつく。
 節くれだって疲れた古木に安らう、淫らで優しい蛇のようだった。
「貴方をすべて食べてしまっあと──貴方を追いかけても良いのなら」
 躊躇いがちに答えて、目蓋を伏せる。
 自分の糞便に塗れて、潰えることができたのなら、二人は。
「溶けるか、ひとつに」
「ええ、きっと」
 いいよ、と、主人は美しく微笑んだ。
 そうして初めて、私は貴方を呼ぶ名を、手に入れるのかもしれない。
 やがて泥のような世界に、ふたり溶けて沈んでいく夢を、見た。