無題(ミタカと銃)

「そこまでだ、ミスター。いや──」
  声がして振り向くと、カウンターの奥から男がひとり、姿を現した。手には銃が光っている。「ハックス将軍」
 男は、先ほどハックスに酒を奢ると持ち掛けた人物だった。まだ若い。せいぜいが24、5歳といったところか。背が高く痩せていて、頬はこけていた。目ばかりがぎらぎらと異様に光る。浅黒い肌と縮れた黒髪。現地の?ではない。
 揺れる銃口は鉄製だ。今時めずらしい実弾銃は、殺すよりも苦しめるために用いられる。いわば復讐のシンボルだ。
 男は油断なく周囲に目を光らせながら、じりじりとこちらに歩み寄ってくる。
「手を挙げろ。ゆっくりとだ」
 ハックスは言われるがまま、素直に両手を挙げた。挙げながら、口の端を釣り上げてニヤリと笑う。
「君は、移民だな。誘拐屋か。それとも雇われテロリストか。この星は雇用主には事欠かないだろうからな。餌を求めて移住したか」
 余裕綽々のハックスの挑発には動じず、男は鼻で嗤った。
「金で動かない人間もいることを、将軍様はご存じない」
 ハックスが、ハッと愉快そうに笑い声をあげる。
「そうか、レジスタンスか!まだ生き残っていたとは、さすが鼠だ!──で?」
 意味深な含み笑いをして、ハックスは片眉を上げてみせた。
「正義の味方どもは、私のカラダに幾ら払うと?」
「なんだと?!」
 気色ばんだ男が歯を剥き出して吼えた。引き金にかかる指がぶるぶると震える。しかしハックスは落ち着き払っている。
「どうした、何を怒る。誰だって空腹は耐え難い。親が死のうが、子が死のうが、腹は減る。生活に追い詰められたことを嘆きこそすれ、恥じる必要はないだろう。革命以外に脳がない狂信家どもに尻尾を振って露命を繋ぐ、立派な生き方だ」
「黙れ!あの人たちを愚弄すると──」
 しかし男は、それ以上言葉を継ぐことはできなかった。くぐもった発射音ののち、男の額に赤黒い穴が開く。ドロリと黒い血が一筋流れ、煙が立ち昇る。
 音を立てて男が前のめりにどうと倒れる。
 倒れた男の背後には、銃を構えたミタカの姿があった。
「遅い」
 そっけなくハックスが言う。
「申し訳ありません。奴の素性を知りたくて」
顔色ひとつ変えずにミタカが答える。
「主人を餌にするな」
 苦々しい顔のハックスには応じず、ミタカは銃を構えたまま床に突っ伏した死体に駆け寄る。男の手元から素早く銃を蹴り退けると、そのまま男を足でひっくり返した。男の首もとに彫られたタトゥーに目を止める。
 絡み合う竜と銃の紋章。
「……“工房”か。帝国の名折れどもめが」
 吐き捨てるように言い、ミタカは鋭く死体の腹を蹴った。
 ハックスが困ったように眉を寄せる。
「おい、よせ。私は無事だぞ」

(続かない)